第253話 暗い未知
雨の音。冷たい風。
暗闇の残響。果てる無意識。
いつの間にか、身体に毛布がかけてあった。自分で用意しただろうかと考えてみたが、思い出せない。おそらく、フィルがかけてくれたのだろう。そう考えたが、身体を起こしたところで別の可能性に思い当った。
眠る前に閉じたはずのシャッターが上げられ、外の空気が室内に入り込んでいる。硝子戸の前に少年が立っていた。もちろん、それはルーシに間違いない。そこに立って、外を眺めている。眺めているのか、見ているのか、月夜には判断がつかない。どちらでも大して変わらないかもしれない。
ルーシがこちらを振り返る。
彼はこくんと一度頷いた。
月夜も同じ動作をする。
「ありがとう」月夜は毛布を持ち上げて言った。
「どういたしまして」
「よく眠れた?」
「よく?」
「安眠?」
「安眠?」
月夜は立ち上がり、ルーシの傍まで歩く。窓の外では雨が降っていた。蝉の声は聞こえない。水が土やアスファルトへと浸食し、降雨の際に特有な匂いを広げている。
世界は今日も静かだった。煩いのはいつも人間の世界だけだ。それ以外の世界は常に静寂に包まれている。
自分が死んでも世界は静かだろう、と想像される。
「しばらく、うちにいてもいい」月夜はルーシに言った。「その方が安全だから」
「安全とは、誰にとっての安全?」
同じ質問をフィルにもされたこと、そして、その質問に答えることが意味のあることなのか、と考えたことを思い出した。
問いには答えないと会話が続かない。けれど、答えはダイレクトなものでなくても構わない。
「安全は、常に全員に対してのものでなくてはならない」
「全員に対して?」
ルーシは赤子のような視線を月夜に向けた。彼はどちらかといえば無知だ。しかし、知っていることが利口だとも限らない。むしろ知ることが利口だといえる。
「今のところは、貴方にとっての安全」遠回りをしてから、月夜は彼の質問に答えた。「けれど、それが後々私にとっての安全に繋がる」
「それは、精神的な安全ということ?」
ルーシは無知だが、その分推察する能力に長けているかもしれない。予め用意された情報がないから、常にその場で情報を得ようとする。
「そう」月夜は答える。
「精神的に安全である必要は、ある?」
「どうして、ない、と言いたい?」
「言いたくはない」ルーシは言った。
「安全であることが、デメリットになることはないと信じている」
「信じている、の主語は君?」
「ううん」月夜は首を振った。「人々」
舞台装置は闇の中 彼方灯火 @hotaruhanoue0908
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