第249話 どうしても記す
学校は退屈な場所だ、と思っている生徒は多い。勉強できるのは恵まれている証拠だが、毎日同じ日々が続けば退屈なのは当たり前だ。しかし、ありとあらゆる出会いは、そうした日常の中に潜んでいる。日常という基盤がしっかりとなければ、その上に乗る奇跡もない。
世界は今日も暑かった。夏だから当然だが、暑いのは夏だからではない。その証拠に、夏でも涼しい日がある。夏、という記号化を行うことによって、人間は、季節という、本来目にすることも手に取ることもできない概念を扱うことができるようになったが、その反面、記号が一人歩きして、それが表す内容だけが認識されるようになった。つまり、現実との対応関係が緊密でなくなった。前者をメリット、後者をデメリットと見なせば、両者が存在するのは普通といえる。問題は、デメリットが目につくという、観察者の側の心理にある。
真夏の中庭を眼下に見下ろしながら、月夜は言語化の弊害を受けていた。時刻は十二時三十五分。渡り廊下の手摺りに寄りかかって、時々吹き抜ける風に前髪を揺らしている。
ルーシとの関係については、これ以上考えないことにした。考えても仕方がないからだ。すなわち、彼を助けることで自分が不利益を被るとしても、放っておくことはできないというジレンマがある。したがって、もう、助けるしかない。それで自分が不利益を被っても構わない、という姿勢をとるしかないと判断した。
ルーシを傷つけたのは、ルンルンで間違いないだろうが、なぜ殺さずに傷つけただけなのか、疑問だった。
それは、ルゥラの場合にもそうだ。
ルゥラというのは、月夜が以前に接したことがある物の怪だ。接したことがあるというのは、明らかに控えめな表現であり、なぜそのような表現を用いるのか自分でも違和感があったが、ともかく、月夜は彼女と関係を持った。そして、ルゥラはルンルンに殺された。
おそらく、ルンルンは、一度では物の怪を殺すことができないのではないか、と月夜は考えた。それ以外の理由が思いつかない。少しずつ蝕んでいくようなイメージだ。だから、毎回物の怪には傷だけが残される。その程度のダメージしか与えられないからだ。
あるいは、あえて一度で殺さないことに意味がある、という可能性もある。ルンルンは物の怪の力を奪うことが自分の目的だと話していた。その目的と何か関係があるかもしれない。
背後で音がして、振り返ると、女子生徒が一人転んでいた。
彼女は慌てて起き上がり、自分の脚を摩る。
膝の皮膚が擦り剥けて、血が滲み出ていた。
痛そうだ。
物の怪は、痛いと感じるのだろうか?
死んでいるのに、痛いと感じる意味はあるのだろうか?
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