第248話 どうしても下す

 今日は学校に行かなくてはならない。昨日風呂に入っていなかったので、月夜は風呂に入った。のんびり入っている場合ではない。身体と頭を洗い、制服に着替えて家を出た。


 ルーシには家にいてもらうことにした。その方が安全だと判断したからだ。またルンルンが来るかもしれない。しかし、物の怪は物理的な制約を受けにくい。たぶん、その気になれば、鍵を解錠せずに外に出ることくらいできるだろう。


「安全とは、誰にとっての安全だろうな」


 坂道を下りながらフィルが言った。


 月夜は彼を見る。


「ルーシにとっての」


「どうして、俺たちがその安全を確保しなければならないんだ?」


「しなくてもいいけど、した方がいいと判断したから」


「敵を匿っているようなものだ」


「何が敵か分からない」


 ルーシ自身は月夜に危害を加えるつもりはない。この場合のルーシ自身とは、もちろん意識された彼のことを指す。彼がもう一人の自分と呼ぶ者は、夜になると彼に代わって姿を現す。


「怪我はすぐに治るだろう」フィルが言った。「治っても、治らなくても、大したことはないかもしれない」


「なぜ?」


「きっとまた怪我をする」


「ルンルンに攻撃されるから?」


「そうだろうな」


「彼女を説得する必要がある」


 月夜がそう言うと、彼女の横でフィルが立ち止まった。彼が立ち止まったから、月夜も立ち止まった。


「どうしたの?」


「なぜ、そこまで物の怪に肩入れする必要がある?」フィルが言った。「お前にとっては敵のはずだ。ルンルンを説得する必要もない。放っておけばいい」


「もちろん、そう」


「では、なぜ?」


「理由はよく分からないけど、私の中の誰かがそう言った」


「そう、とは?」


「物の怪全体に対してではなく、少なくともルーシは助けた方がいいと」


「そうすることで、結果的にデメリットを被ることになる」


「どうして?」


「結局、ルンルンがやって来るからだ。お前はその惨状を目の当たりにすることになる」


 フィルにじっと見つめられ、月夜も見つめ返した。暫くそうしていると、自分が何を見ているのか分からなくなった。


 瞬きをして、切り替える。


「ごめん、分かっている」月夜は言った。「それでも、今は、放っておくことはできない」


 月夜の回答を聞いても、フィルはすぐには反応を示さなかった。


 青空に響く蝉の声。


 今日も日差しは強い。


「よく考えることだ」


 そう言い終わるや否や、フィルは月夜の傍を足早に駆けていった。

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