第245話 どうしても示す
気がつくと朝になっていた。ソファに凭れて眠ってしまったようだ。
顔を上げると、赤い球体が目の前に浮かんでいた。それが何か分からないまま見つめていたが、暫くすると、それが瞳だと分かった。そこから一気に意識が鮮明になる。
何かした方が良いかと判断する前に、電源が落ちるように赤い光が小さくなっていった。そのまま完全に消えてしまう。あとには亡骸のような黒い平面だけが残った。水晶体が形成するはずの起伏が、彼の瞳からは感じられない。
一度の瞬き。
それを見て、自分の側が瞬きをし忘れていたことを思い出し、呼応する。
「おはよう」
ルーシが声を出した。それが耳から入り脳で処理されるのに、数秒を要した。
「おはよう」月夜は応じる。それから、手を伸ばしてルーシの頬に触れる。
ルーシは、目だけで月夜の手を見る。
「何?」
問われて、月夜は立ち上がる。
別に、何をするでもなかった。人間がとる普通の行動として、相手に触れただけだ。身体を神聖なものとして扱う現代においては、あまり許されることではないだろう。
「怪我は、平気?」
頬から手を離して、月夜は尋ねる。
「怪我?」
ルーシに問われ、月夜は人差し指で彼の腕を示した。
数秒間、彼はその表面を見つめる。ガーゼが貼ってあった。少しだけ、黒い染みが形成されている。
「どうして、怪我をした?」ルーシは首を傾げた。
「覚えていない?」
「あまり」
「では、どの程度覚えている?」
「痛みと、反逆心」
反逆心とは何だろう、と月夜は考える。それが一般的にどういう心情を指すのか、そして、彼が抱くそれはどのような性質のものなのか、と想像した。
「なぜ、反逆心?」
「なぜ?」ルーシは首を傾げる角度を大きくする。「分からない」
「ルンルンという少女から、攻撃を受けた」月夜は説明した。説明して良いものかと少し考えたが、事実を伝える分には問題ないだろうと判断した。下手な嘘を吐くよりましだろう。「彼女は、物の怪を狙っている」
「物の怪? それは、僕のこと?」
そうだ、と頷こうとして、すんでのところで留まった。
それは本当に彼だろうか?
「彼」という言葉は、誰を指しているのか?
「もしかしたら、貴方ではないかもしれない」月夜は言った。「けれど、貴方の内の一部ではあることは確か」
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