第224話 沿い

 昼休み。


 休み時間というものは、あるようでない。しかし、昼休みは別だ。昼休みはある程度の時間が確保されているので、なんとか「休み」と呼べるように思える。授業と授業の間にある休み時間は、次の授業のための準備をするためにある。つまり、準備をしているのだから、「休み」とは呼べない。


 外気に晒された渡り廊下の上で、月夜は柵に凭れて立っていた。いつもそうだが、目の前には景色があるものの、だからといって、それを見ているとは限らない。月夜は、今は自分の手に収まっている、千切れた葉を眺めていた。葉といっても、双子葉類に見られる如何にも葉という感じの葉ではなく、茎と葉の境界が分かりにくい、細長いタイプのものだった。こうした葉を何と呼ぶのか、彼女は知らない。放課後に図書室で調べてみるのも良いかもしれない。


 茎、と思われる部分を手で持って、何度かくるくると回してみる。そうしていると、多少安定するように思えた。安定する、の主語が何かは分からないが、とりあえず、何かが安定していると分かるから、それによって、彼女の精神も安定する。


 午後だから、頭の上に太陽がある。外だから、蝉の声がよく聞こえた。少しだけ、汗ばむようにも思えたが、水分が滴となって体表面へ現れることはなかった。運動をすればそうはいかないかもしれない。この季節に汗を流していない運動部を、彼女は知らない。


 風が吹いてきて、少しだけ気持ち良く感じられた。しかし、それだけだ。けれど、それだけで良い。気持ち良く感じられることが、人間にとって何よりも利になる。反対にいえば、気持ち良く感じられる、という条件なしに行われる営みというものはない。我慢は、それをしている最中は苦しく感じられるが、終わったときには気持ち良く感じられる。我慢すること自体が気持ち良く感じられる者もいるかもしれない。


 勉強をすることは、気持ちが良いだろうか?


 おそらく、気持ちが良いだろう、と月夜は結論づけた。実際にそう感じているからだ。


 ご飯を食べることは、気持ちが良いだろうか?


 これは、間違いなく気持ちが良いだろう。


 予鈴が鳴って、月夜は現実に意識を向ける。現実とは、教室に戻って、授業を受けるという予定。ここから飛び降りて教室に向かうこともできるが、怪我をする可能性が高いから、きちんと渡り廊下の出入り口から彼女は校舎に戻った。

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