第147話 煩わせる

 小夜は物の怪のエキスパートらしい。しかし、どういう側面においてエキスパートなのか分からない。エキスパートという表現も、月夜が勝手にそう名づけただけで、ゲームの腕前を示す言葉とは少々違うかもしれない。


「皿を生み出そうとしたのは彼女の意志ですが、その程度を決定する能力が彼女には欠けているようです」小夜は話した。彼女はいつも俯き気味に話す。傾いた陽光が彼女の首もとに深い影を作っていた。「したいことを実現するためには、程度が大きいほど成功する確率が高まりますが、大きすぎると問題です。周囲にどんな影響を及ぼすか分かりません」


「フィルが皿を片づけてくれた」月夜は言った。「放っておくと危険だと判断したから?」


「ええ、そうです。ですが、彼女は無尽蔵に皿を生み出すので、彼だけでは対処できなくなるかもしれません。皿を生み出すことをやめてもらえなければ、やがて私たちの手に負えなくなります」


「ルゥラは、私にご飯を食べてもらうために、皿を生み出したのだと言っていた。それなら、その目的が達成された今は、もう大丈夫なのでは?」


「彼女が皿を生み出すのは、自分の力を示すためではありませんか?」小夜は顔を上げて月夜を見た。「自分の言うことを聞かなければ、皿があちらこちらに散乱されて、月夜が困ることになる。自分の言うことを聞いてもらうため……、月夜にご飯を食べてもらうという願望を叶えるために、あんなことをしたのではありませんか?」


「たぶん、その通りだと思う」


「今後、同じ手法で脅されるようなことがないとは言えません」


 どうだろう、と月夜は考えた。たしかに、ないとは言い切れない。それはどんなことでも同じだ。明日地球に隕石が降ってくる可能性がないとは言い切れない。


「説得してみようと思う」月夜は提案した。「私は毎朝ご飯を食べるようになって、ルゥラの願望を一部だけど叶えた。だから、前よりは私の言うことを聞いてくれると思う。皿を生み出されると困るということをきちんと伝えれば、分かってくれると思う」


 小夜は月夜を見たまま一度小さく頷く。


「では、そうしてみましょう。万が一の場合は、またフィルになんとかしてもらいます」


 小夜の言葉を聞いたからか、たまたまタイミングが一致しただけなのか、フィルは銀河一つ分くらいの壮大な欠伸をした。


「ところで、小夜はドーナツを食べる?」


 月夜の唐突な質問に、小夜は目を丸くする。


「ドーナツ、ですか?」


「ルゥラにあげようと思って、一つ買ってきたけど、途中で小夜に会ってしまったから、貴女に半分あげてもいい」


 小夜は笑った。

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