第133話 自分語り

 桜は散っていた。だからといって、春が終わったというわけではない。そもそも、いつまでが春で、いつまでが夏なのかさえ月夜は知らない。調べればいくつか情報が出てくるだろう。けれど、それは自分ではない誰かがそう決めたというだけで、結局のところ人がやることに変わりはない。つまり、自分で決めるのと大差がない。


 教室に入る。すでに生徒が何人か席に着いていた。皆、携帯電話に指を走らせているか、参考書の類を開いているのかのどちらかだ。早く来る生徒は二分される。一方は、家にいる理由がなくとりあえず来るグループ。もう一方は、学校でないと勉強する気力が起きないから来るグループ。


 席に座りながら、自分はどちらのグループに属するだろうと月夜は考える。こういうとき、自分はどちらでもないような気がするというのが、彼女のデフォルトの判断体系だった。つまり、都合が良い。最初の分類の仕方から間違えていた可能性が高い。都合の良い結論を導くために、都合の良い分類をしたということだ。


 そうした都合の良い考えは、なるべく他人に言わないように心がけていた。心がけるというほど大した心構えではないが、口にする前に一度立ち止まることにしている。それに、他人と話しているときは、自分のターンと相手のターンが交互に訪れるから、クールタイムの内に自分の考えを批判的に判断することができる。また、相手の言い分も自分の考えを改めるきっかけとなる。


 こういうところにも、人が一人では生きていけないと言われる所以が垣間見られる、ような気がする。


 これも都合の良い考えだろうか。


 教室の扉が開いて、生徒が二人姿を現した。どういうわけか分からないが、彼女たちは大きな声で挨拶をする。それに対してすでに教室にいた何人かの生徒が挨拶を返した。


 なるほど、これがこの組織の実態なのだなと月夜は納得した。彼らはすでに組織の一員としての自覚があるのだ。その自覚を信じて疑わない根拠もあるのだろう。だから挨拶をすれば必ず誰かが返してくれると考えている。仮に誰も返してくれなくても、おどけて見せたりする余裕があるのではないか。


 自分はこの組織の一員としての自覚はない。


 すでに出遅れている。


 そのための努力を怠った。


 いつもそうだ。


 しかし、それで良いとも感じていた。


 馴染めないのは性質だから仕方がない。

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