第128話 百二十八夜

 夜。


 月夜はソファに座って読書をしていた。


 いつもと同じ光景だ。


 彼女から見えるのが。


 フィルから見たらどうだろうか。


 そのフィルは今はいない。


 硝子戸の外で小さな音がした。


 月夜は立ち上がり、カーテンを開けてその向こうを見る。眠るまでの間雨戸は開けていた。


 道路にも皿が散乱していたはずだが、その数が少なくなっていた。月夜の敷地内にあるものも数が減っている。


 見ていると、一枚、また一枚と、皿が減っていくのが分かった。


 まるで雪が溶けていくように、自然なプロセスで皿は消滅していく。


 月夜には、そこに誰かがいるように見えた。


 目を凝らす。


 突然、背後から押し寄せる圧力。


 少し驚いて息を呑む。


 心拍は変わらなかったが、呼吸が多少乱れる感覚があった。


 誰かに抱き締められたまま、目だけを後ろに向けて確認する。


 真昼だった。


「やあ」月夜は挨拶した。その挨拶を口にするのは久し振りだった。


「まったく驚く様子がないね」真昼は月夜から離れ、彼女の正面に立つ。硝子戸の向こうが見えなくなった。「もう少し、あっとか、おっとか、言ってもいいんじゃないかな」


「あっとか、おっとか?」


「皿を拾っていたのは、僕だよ」そう言って、真昼は華麗に身を翻す。再び硝子戸の向こうが見えるようになった。その動きをするために、わざと月夜の視界を遮ったのだとすれば、相当な度胸だといって差し支えない。


「そう」月夜は頷いた。「でも、どうして? 小夜に頼まれたの? 小夜を知っているの?」


「ああ、小夜ね」真昼も頷く。「いや、たぶん彼女は知らないだろう。僕は彼女を知っているけど」


「どうして、貴方が皿を片づけているの?」月夜は同じことを質問する。


「邪魔だったからね」真昼は飄々とした素振りで答えた。「月夜に会いに行こうと思ったら、道がこんなふうになっていてさ。歩くのに一苦労だったから、片づけてやろうと思ったんだ」


「大変そう」


「僕の手にかかれば、どうってことないよ」


 月夜は真昼にソファに座るように言った。キッチンでお茶を入れてきて、それを彼に手渡す。


 どういうわけか、彼にまた会えたことが嬉しいような気がした。


 いや、事実として嬉しい。


 それは間違いない。


 だから、すぐに帰ってほしくないと考えた。


 だから、お茶を渡したのだろうか?

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