第127話 イシキ
遠くの方から鳥の鳴き声が聞こえる。いつも聞こえるから、普段は意識されない。それなのに、どういうわけか意識に上ってくるときがある。そういうとき、人はそこに様々に理由づけをするらしいが、月夜はそうではなかった。単純に、ああ、今日は聞こえるんだな、と思うだけだ。
自分が人でないからかもしれない。
ソファに腰を下ろしたまま、月夜はルゥラが作った皿の表面を見つめている。この時間、普段は自室で過ごしているが、今日はルゥラが眠っているのでリビングにいた。皿の表面はざらざらしていて、見た目に反して凹凸が多いことが分かる。見た目と手触りが一致していない。
なぜだろう。
自分の側に問題があるのだろうか。
今はフィルは傍にいない。たぶん、家の中のどこかにはいるはずだが、どこにいるのか分からない。彼は気紛れだから、思い至ったらすぐに行動する。いや、思い至るプロセスすらないかもしれない。
フィルが傍にいなければ、月夜は言葉を発しない。そうしていると、自分の声がどのようなものだったか、忘れかけるような感覚に襲われることがあった。自分というものを普段から意識していないからだろう。では他者を意識しているのかと問われれば、たしかに自分よりは意識しているかもしれないが、街行く人々の表象を頭の中に作るようなことはしないし、やはり、意識しているとは言いがたい。そもそも、意識しているとはどういうことだろう。意識とは何だろうか。
眠っている間、意識ははたらいていない。意識とは構造の名前だろうか、それとも機能の名前だろうか。それはともかくとして、意識をはたらかせるためには、まず意識的に意識を捉える必要がある。しかし、その関係はおかしい。もしそれが成り立つのであれば、今度は意識を意識的に捉える意識が存在する必要がある。
この種の思考が必ずといって良いほど行き詰まるのは、言語を用いて考えているからだろう。つまり、時の直線に支配された考え方をしている。映像ならもう少し影響を緩和できるかもしれない。音楽では駄目だ。音楽と言語は大して変わらない。
鳥の声が聞こえてくる。
また、意識した。
しかし、意識したことを意識した瞬間に、すべてが分からなくなる。
フィルや、小夜も、こんな感覚に捕らわれることがあるだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます