第103話 純反転
鍋を食べた。野菜や肉や春雨が入っていて、美味しかった。が、食べようという気がないのに食べるというのは、少々変な感じがする。私、どうして食べているんだろう、という気がしないでもない。
「どう? 美味しい?」
少女が月夜に詰め寄ってくる。美味しいか否かという命題に対する回答は、肯定だったので、月夜は頷いた。
「そっかあ。よかった」
「どうして、私に食べさせようとするの?」
春雨を箸で引っ張りながら、月夜は少女に尋ねる。少女は栗色の髪をひらひらさせて、立ち上がってその場で一回転した。
「だって、月夜、全然食べないから。食べないと、元気が出ないと思ったから」
「元気かどうかは分からないけど、食べなくても、私は大丈夫」月夜は自分の意見を述べる。「そして、今朝は食パンを食べたから、何も食べていないわけではない」
「それだけじゃ全然足りないんだよ」もう一度座って、少女は月夜に顔を寄せる。「きちんと、主食と主菜と副菜を合わせて食べないと、力が出ないんだよ」
「私はそうでもない」
少女に悪意がないらしいことは、月夜にもなんとなく分かった。だが、彼女が何をしたいのかは、いまいち分からない。いや、月夜に何かを食べさせたいというのが、少女の望みだ。それは分かる。しかし、それが真意だとは思えない。
「貴女の名前は?」
よく解れた鶏肉を箸で持ち上げて、月夜は少女に質問した。
「ルゥラ」少女は流暢な発音で答える。「今度からそう呼んで」
「ルゥラは、私に何か用事? この、料理を作って、食べさせるということ以外に、何かしてほしいことがあるの?」
「うーん、食べてもらうことが、大事だったんだけど、でも、それだけじゃ何にもならないって分かったから、どうしようかなって考えていたところ」
「どういう意味?」
月夜が尋ねると、ルゥラはソファに行儀良く座った。そうしていると、彼女は等身大の人形のように見えた。着ている服も、髪を梳かす仕草も、機械仕掛けのように見えなくもない。
「月夜には、死んでもらわなくちゃいけないの」ルゥラは話した。「そのために、ご飯を食べてもらおうと思った。月夜が嫌なことすれば、嫌で嫌で死んでしまうんじゃないかって考えた」
月夜は沈黙する。フィルは月夜の膝の上で丸くなったままだった。
「でも、貴女は、私にご飯を提供して、私がそれを食べるのを、喜んでいるのでは?」
「うん、そう」そう言って、ルゥラは笑った。「だから、もう、どうしたらいいのか分かんない」
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