第11章

第101話 転換点

 玄関の扉を開いた先に、小さな少女が立っていた。彼女は、栗色の髪を頭に携えて、ドレスとも、着物ともとれない、奇妙な格好をしている。どこかの貴族みたいな雰囲気だったが、現代では、少なくともこの国には貴族はいないので、あくまでそういったふうというだけの可能性が高い。


 少女は皿を片手に一枚持っていた。彼女の足もとにも散らばっている。それだけではない。月夜の自宅の周辺に、夥しい数の皿が並べられている。


 少女はじっと月夜を見つめている。少しだけ、寂しそうな目をしていた。目は口ほどにものを言うというが、口はどれほどにものを言うのだろうか。


「これ、とは?」


 これでは駄目か、と少女に尋ねられたので、月夜はそれに対する応答を提示した。


「何か、食べない?」


 そう言って、少女は持っていた皿を月夜に差し出してくる。差し出されたので、月夜はなんとなくそれを受け取った。皿の表面を一度眺めて、それからまた目の前の少女へと視線を戻す。


「何か、食べませんか?」


 同じことを二度問われたので、月夜は一応自分の意思を示した。


「食べないよ」


「……どうして?」


「今は、お腹が空いていないから」


「でも、月夜は、いつも全然食べないよね?」


「どうして、そう思うの?」


「そうでしょう?」


 月夜は返答に困って、傍にいるフィルに目をやった。フィルは妙に鋭い目つきをしていたが、月夜に見られると自分の腕を舐め始めた。たぶん、そういうジェスチャーだ。そこに意味を見出すのは少々難しい。


「貴女は、誰?」


 月夜は少女に質問する。


「何か食べてくれたら、答える」少女は澄んだ声で言った。少し震えているようにも聞こえたが、根底は比較的安定しているように思えた。


「どうして、私に何かを食べてほしいの?」


「食べてほしいから」


 それでは理由になっていない、と言おうと思ったが、相手が子どもなので憚られた。それから、自分もまだ子どもではないか、とも思った。意味のない思考だ。


「分かった」月夜は頷く。「でも、もう学校に行かないといけないから、あとでもいい?」


「駄目。今すぐ、何か食べて」


 そう言って、少女は上着のポケットに手を入れる。そこから再び手が出てきたとき、彼女は新しい皿を掴んでいた。


 少女が二枚目の皿を渡してくる。


「まだ、それほど急がなくてはいけないわけではないだろう」フィルが唐突に言葉を発した。「少し付き合ってやったらどうだ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る