第10章
第91話 凡なる思考
夜。
教室の窓硝子が音を立てて、月夜は目を覚ました。どういうわけか、机に伏して眠ってしまっていた。頭を持ち上げると額が少し痛んだ。顔を横に向け、音がする方を確認する。
硝子の表面を爪で引っ掻いていたフィルを室内に入れて、月夜は伸びをした。関節が適切な位置に配置し直されるようで、気持ちが良い……、ような気がした。感情や感覚に名前を付けるのが苦手なので、自分が今感じているそれが、一般化するとどのようなものになるのか分からない。
「お眠りだったのか、お姫様」
床に座って自分の腕を舐めながら、フィルが言った。
「お眠りだった」月夜は答える。
「さあ、早く準備をして、出かけよう」
「出かけるって、どこへ?」
「決まっているじゃないか」フィルは片方の目を細める。「小夜のところだろう?」
最近身の回りで起きている一連の事象について、小夜に相談しようと思っていたが、別に今日行く必要はなかった。少なくとも月夜はそう判断していた。だが、フィルはすでに神社に行ってきて、そこで小夜と少々話をしてきたらしい。つまり、今晩は小夜がこちらに来ている。
鞄を持って学校を出た。正門の隣にある小さな扉を開けて、線路沿いの道を歩く。普段に比べるとまだ幾分早い時間帯だったから、バスに乗れそうだった。フィルが一緒だが、彼は普通の人間には見えないみたいだし、月夜も似たようなものなので、何でも良かった。
「皿を落とした犯人は、見つかった?」
バス車内で席についてから、月夜はフィルに尋ねた。彼は行儀良く彼女の隣に座っている。
「いいや」
「落としたのが、どうして皿だったのかについては、何か考えた?」
「ああ、考えたよ」フィルは頷く。「だが、どれも非常にどうでも良い結論だったから、俺はパスだ。お前はどうだ?」
「私に、何かを食べてほしいのかもしれない、と思いついた」
「なんだ、それは」フィルは笑った。「俺の考えたことと大して変わらないじゃないか」
「つまり?」
「凡庸」
バスが曲がる。物理的な力を受けて身体が揺れる。
「仮に物の怪たちがお前に何かを食べさせようとしているとして、それでどうなるんだ?」
「私は、食べることがそこまで好きではないから、嫌がらせのつもりかも」
「そこまで好きではないというのは、嫌いというのとは違うだろう? そうすると、嫌がらせと呼べるかどうか微妙だな」
「最近、色々食べてしまった。ヨーグルトとラーメン」
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