第23話 陰謀と来訪
リュピテールの王都メチスの郊外に、その館はあった。立派だが、人目を避けるように建っており、さしずめ富裕層の別荘といったところだ。
その館の特に広い一室で、二十人ばかりの男たちが楕円形のテーブルの前に座っていた。彼らの年齢はバラバラで、それぞれに気品や威厳が感じられる面差しをしている。
男たちに共通点があるとすれば、金地に赤をあしらった徽章を胸元につけていることだ。統率者と思しき男が口を開いた。
「みな、集まったようだな。会議を始めるとしよう。さて、今回の議題を述べる前に、諸君にひとつ報告しておきたいことがある。我々が破損させたカリストの結界が修復されたようだ」
男たちの間に落胆のため息が漏れる。統率者は付け加えた。
「修復のために魔力を流し込んだのは『大聖女』オデットだそうだ」
「なんと! 大聖女の称号を賜っておきながら、穢らわしい獣族との婚姻を選んだあの小娘が! どこまでカーリ教の威信を傷つければ気が済むというのだ」
「さようさよう。正気の沙汰とも思えぬ」
統率者は淡々と語る。
「大聖女への民衆の信望は侮れぬ。そればかりか、カリスト公イリヤは侵入した魔物を倒し、結界を修復した功績によって領民から人気を博し始めているらしい。まことに嘆かわしいことよ」
「全ては国王の乱心が原因よな。
「ロドリグ元王子の不祥事が目立たぬようにイリヤを取り立てたのかもしれぬが、娘と孫可愛さに、我が国の最高
彼らにとって、リュピテールの聖職者の頂点である国王の一族に「穢らわしい」獣族の血が混じるなど、前代未聞どころか、天地がひっくり返ろうとあってはならないことだった。
彼らは例外なく幼い頃から、獣族が人族より劣る凶暴な種族であり、その信仰する神々は邪悪であると叩き込まれて育った。その教えは強固な信念となり、獣族を追放すべし、という彼らの活動理念の根源となっている。
統率者が頷く。
「そう、本来神聖であるべきこの国の王室は腐り始めている。敵国と通じていたロドリグ元王子を見れば明白だ。彼は我らと同じく獣族を憎む者ではあったが……。ともかく、淀んだ血を早急に入れかえることが必要だ」
「それはどのように?」
「近々、国王夫妻と王太子、それに現聖女がカリストを訪れる。わたしが方々に手を回してそのように仕組んだゆえな。その折に、彼らを始末すればよいのだ。偽りの王子と大聖女とともにな」
これにはさすがに、国王を非難していた他の男たちもざわつき始めた。そのうちの一人がおずおずと意見を述べる。
「……しかし、イリヤはともかくルイ王太子が
「王太子はイリヤと懇意だという。そのお妃候補である聖女も、感化されておらぬとは言い切れぬ。獣族に擦り寄るものに用はない。なに、しかるべき王位継承者と聖女候補を早急に見繕えばよいだけの話ではないか」
統率者に罪悪感を拭い去られた男たちの顔から不安の色が消えてゆく。彼らの一人が声を上げた。
「穢されたカリスト領を浄化し、獣族を排斥すべし!」
別の男も声を合わせる。
「穢されたリュピテールを浄化し、獣族を排斥すべし!」
他の男たちも次々に唱和した。こうして、彼ら──「至高の血」はリュピテール史に残る、恐るべき計画を進めるに至ったのだ。
◇
八月の終わりにパスカルさんとアドリーヌさんが王都に帰っていった。別れを惜しむ間もなく、暑さが少し和らぐ九月に入る。
いよいよ王室のみなさま方と聖女ジェルヴェーズさまのアルシー来訪の日がやってきた。神々のご加護か、今日は眩しいほどの秋晴れに恵まれ、歓待本番の翌日も晴れそうだということで、野外劇場での観劇がほぼ確実になる。
そう、あれから協議を重ねた結果、音楽会ではなく演劇を行うことに決まったのだ。招いたのはリュピテールの各地を巡業している実力派、劇団セゾン。わたしの提案に基づき、一般席は領民たちに格安の見物料で開放される。
完全に無料にしたほうがいいのでは、とわたしが意見を述べると、イリヤさんは「安くても金を払ったほうが、観客は満足するものなんだ」と笑った。
「しかも、国王一家や聖女まで見られるわけだからな。高すぎるということはないさ」
先触れの使者が、あと少しでみなさまが乗っておいでになる馬車が到着すると告げたので、わたしとイリヤさんは城館の車寄せでその時を待った。時々、イリヤさんが、足が疲れていないか気遣ってくれるのが嬉しい。
やがて、艷やかな黒地に金色の一角獣の紋章が描かれた豪奢な馬車が到着した。
最初に降りてきたのは国王フィリップ陛下で、イリヤさんとわたしに笑顔を見せてくださった。そのあとで、差し出された国王陛下の手を取り、王妃コンスタンス陛下がお降りになる。
「おじいさま、王妃陛下、遠路はるばるよくおいでくださいました」
イリヤさんが柔和に微笑し、胸に手を当て挨拶すると、フィリップ陛下の目尻が下がる。フィリップ陛下はイリヤさんを力強く抱擁した。
改めて、フィリップ陛下はイリヤさんが心から可愛いのだと思う。イリヤさんもそれを強く感じているのだろう。フィリップ陛下の前では、おじいちゃん子に早変わりだ。そんなイリヤさんも可愛らしい。
「おお、イリヤ、元気そうだな。カリストが災難続きと聞いてそなたの体調を心配しておったが、顔を見て安心した。オデット、孫をよく支えてくれているようだな。礼を言うぞ」
フィリップ陛下が手を取って下さったので、わたしもひざまずくように膝を深く折ってご挨拶する。
「もったいなきお言葉にございます」
「二人とも壮健そうで何よりです」
コンスタンス陛下のご挨拶は、フィリップ陛下と比べると温かみに欠けるというか、親しみを感じられないものだった。冷たい、というわけではないのだけれど……。
続いて降り立たれた王太子ルイ殿下と聖女ジェルヴェーズ猊下ともご挨拶する。イリヤさんはルイ殿下とも抱擁を交わす。お人柄のよい殿下にイリヤさんもすっかり気を許しているのだ。
殿下とは反対に、わたしとイリヤさんを前にしたジェルヴェーズさまは、ものすごく緊張なさっているようだった。お美しいお顔に浮かべた笑みがぎこちない。
大聖女といっても、わたしはまだ正式には王子妃ではないから、現役の聖女であり、王太子妃候補でもある彼女のほうが身分は上だ。
それに、王太子以外の王子と聖女は同じくらいの地位だから、イリヤさん相手にこれほど緊張なさる必要もないはずだ。
あー、これは聖女時代のわたしに嫌味を言ったり、傭兵時代のイリヤさんを「獣族風情が!」と罵倒なさったことがあるからかな? 仕返しを恐れていらっしゃるのかもしれない。わたしもイリヤさんも、そんなことしないのに。
「大丈夫かい、ジェルヴェーズ。顔色が悪いよ」
ルイ殿下がお声をおかけになると、ジェルヴェーズさまの表情が明るくなった。
「まあ、わたくしをご心配くださるのですか」
ルイ殿下は急に言葉に詰まったようになり、ジェルヴェーズさまから目をそらした。ジェルヴェーズさまも沈黙し、悲しそうなお顔をなさる。
もしかして、この二人、うまくいっていないのかな?
確かに、イリヤさんが認めるほど性格のよいルイ殿下と、気が強くてご自分より身分や能力の低い人を見下しがちなジェルヴェーズさまとでは水と油……のような気がする。
ただ、先ほどの様子を見る限り、ジェルヴェーズさまは殿下の地位に恋をしているわけではなく、彼個人に想いを寄せていらっしゃるような印象だ。
昔から「王太子殿下と結婚する」と周囲に吹聴していただけあって、彼女はちゃんとルイ殿下ご自身に目を向けていらっしゃるのだ。お二人は十歳もお歳が離れているから、ルイ殿下もジェルヴェーズさまの扱いに困っていらっしゃるだけかもしれない。
「ルイ、もう少しジェルヴェーズの相手をしておあげなさい」
わたしを妄想から現実に引き戻したのは、王妃コンスタンス陛下のお声だった。陛下はわたしの母より少し年上なのに、本当にお若くお綺麗だ。白い物が全く目立たない明るい金髪が陽の光のもとで輝いている。
お母君譲りの金髪のルイ殿下は、困ったようなお顔になる。
「母上、わたしは何も、彼女をぞんざいに扱っているわけでは……」
フィリップ陛下がいたずらっぽくお笑いになる。
「ルイ、歳の離れた女性とうまくいくコツは、相手が何に興味を持っているかをよく知ることだぞ」
「父上まで……」
「おじいさまのおっしゃる通りだ。手をこまねいていては、なびくものもなびかんぞ、ルイ。なあ、オデット」
「そうでございますね。やはり、ここぞという時には、殿方はしっかりと女性にお迫りになりませんと」
「イ、イリヤ、オデットまで仲間に引き入れないでくれ……」
フィリップ陛下からだけでなく、イリヤさんとわたしからも恋愛指南を受けたルイ殿下は目に見えて慌てていらっしゃる。そんな殿下を見て、ジェルヴェーズさまがクスクスとお笑いになる。
まあ、可愛らしい。やっぱり、恋は女の子を可愛くするのかな。
それにしても、この雰囲気、親族というより家族っぽくていいなあ。心なしかコンスタンス陛下の表情も和らいでおいでになる。
今日までイリヤさんたちと一緒に準備を頑張ったのだ。歓待は必ず成功させて、笑顔でみなさまに帰っていただこう。わたしは決意を新たにしたのだった。
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