三人用/【すれ違い編③】

こちらの台本は【すれ違い編 ③】です!!


▶始めに

・台本の自作発言、作品の転載、登場キャラクターの性転換、台本の内容が壊れるような行為は禁止です。

・使用されるときは、不特定多数の目に入るところ(コメント欄やキャプションなど )に『台本タイトル』『作者名』の明記めいきをお願いします。


・そのほかの細かい お願い事は【台本利用上のお願い】のページ(▶https://kakuyomu.jp/works/16816700427787953461/episodes/16816700427788115278)を読んでください。



出会いの話は『お見合い編』/【親の言いつけで〜破談ですよね。】という劇台本です。


"見合い後、交流が続き…なかなか会えない日が続いた挙句…!?" となります。


前回など連作(【すれ違い編①】【すれ違い②】)と併せて閲覧(もしくは上演)して頂けるとより楽しめると思います。


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【上演時間】

▶35分〜40分


【比率】

男声 1人:女声 2人:不問0人の3人用。


【登場キャラ紹介】

風神かぜかみまなぶ/兼役:青年 陸士

▷24歳/国防陸軍の幹部士官(少尉しょうい

▶不機嫌な表情(デフォ)で、話し方もぶっきらぼう。

仕事ほっぽり出して走り回って、負傷したところが痛む。めずらしくココロも痛い。

▷出番の都合上、まなぶとは『正反対の性格で、年下の陽気な青年(國岸くにきし 一等陸士いっとうりくし)』を兼ね役として演じていただきます。



寒原かんばら絢乃あやの/兼役:N弐

▷22歳/とある土地の大地主の次女

▶喜怒哀楽が豊かで、表情がコロコロ変わる。現実逃避に走り回って、ココロが痛い。どうしたら自分の気持ちに向き合えるのか困惑している。

▷出番の都合上、ナレーションもやっていただきます。


((※絢乃が新潟の方言をしゃべるシーンがありますが、ネット上の方言辞典から引用しております。イントネーションが分からなければ、標準語で演じて頂いて大丈夫です(^o^)👌))



♣️♀ 島埜しまの大華はるか/兼役:N壱

▷20歳/絢乃の母方の従妹いとこ

言いたいことをズバズバ言う。けれど、絢乃を実の姉ように慕っているし、恋を全面的に応援している。はよくっつけ、と日頃 思う。

※出番の都合上、ほぼナレーションとしての役回りです。


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〜ロングバージョン〜


『不機嫌な お見合い相手から逃げようとしたら、いろいろと大変です。』


─ショートタイトルver.─

【すれ違い編③】


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▶台本 本編◀



諭:語り

『私は、確実に嫌われるタイプである。

無愛想で、言動もキツいと分かっている。

それでも私の部下として、国防の任についている隊員からの人望はあると日頃の士気の高さから伝わってきていた。


では、それが想い人になったら?

どんなに言葉で告げていても、相手に届いていなかったら?

それが信用にあたいしていなかったら?


──なんて、無様なことか。


その答えが今の状況だ。

想い人が置いていった荷物をげて、走る。駆ける。任務をほっぽり出すなんて、指揮官として失格である。

いいや、軍人としての恥だ。


だが、ひとつ言えることは。私を文句言いながらも受け入れてくれる相手は、彼女──寒原かんばら絢乃あやのさん しかいない。


これは確信もって言える。


軍人としての矜恃きょうじを、任務を放棄した。


今、走らなければ彼女のココロを傷つけた私に挽回ばんかいする機は訪れない。

必ずや捕まえてみせる。だから、どうか。無事であってくれと息を切らす。』



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N壱:絢乃あやのは、走る。

無我夢中に、ただ現実から目をそらす為だけに走りづらい履き物と服装で、街の人気の少ない路地を走っていた。



絢乃:心の声

《息がしづらいのは、走っているせいなの?

それとも、この胸の苦しさのせいなの?わからない。わかりたくない。

アタシは、あの人の本命じゃないってことが受け止められない。

*せつね(つらい)、悲しい、苦しい。なんで、アタシじゃないの。こんなに会いたいと思ってたのに。*なして(どうして)……!》



N壱:彼女の心の叫びは、呼吸にまぎれて消えていく。

もう無我夢中に走りすぎたせいで、どこを走っているのかも分かっていない。ただ、離れたい。少しでも距離をとりたい。

その一心であった。しかし──



絢乃:わっ、きゃあっ……!



N壱:転んでしまう。顔を守るために、とっさに手や腕でかば絢乃あやの

しかし、アスファルトに皮ふを傷つけられひじてのひら、膝からも血がにじむ。



絢乃:痛い……、あ、あははは……バカみたいじゃん……。いい歳して走るなんて…、……ッ、なんで、こんな気持ちになってるの……

……アタシ、会えたら気持ち、告げたいって決めてたのに……



N壱:血がにじみ、涙がこぼれる。

薄暗い路地に居るせいで、気分も沈む。人気ひとけもなく、雨樋あまどいからの水の流れる音、かすかに室外機のファンの音が聞こえるくらいの静寂だ。



絢乃:……アタシ、なにがしたいんだろ……

せっかく買った服とか、大華はるかちゃんのことも、ぜんぶ、置いて来ちゃった……



N壱:転んだ原因は、履いていたサンダルの留め具がちぎれたからだ。元より走るためのものではない。壊れて当然といえば、当然だ。



絢乃:あっ、お気に入りだったのに壊れちゃった……、

あ、ははっ…壊れるかぁ……

どうせ、逃げたってまなぶさんはお仕事してるんだもの、気づくわけない……



N壱:自分の言葉に酷く胸が苦しくなる絢乃あやの。何を言っても、何を考えても今の心持ちでは前向きにはなれないようだ。



絢乃:もう、いい……バカみたい……人を好きになるって、こんなに苦しいことだったかな……?そしたら、*なまらせつねこと……

(*想像以上に辛いことね)



N壱:服には血がつき、タイツは破れてしまっている。

走ったせいで髪も乱れきっており、ホテルに戻るにしても、人目は避けられない。

財布もスマホもないので、銀行によることも出来ない。

途方とほうに暮れるというのは、この状況のことである。だが、そこに大丈夫ですか?とたずねる男性の声がかかった。



絢乃:え?アナタは──



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諭:心の声

《こんな近くに宿泊していたとはな。まったくもって、盲点もうてんだった。いや、そもそも戻ってきているのだろうか……》



N壱:任務をおこなっていた場所から走って四〇分くらいのビルが建ち並ぶ区域。

絢乃あやののイトコである大華はるかから絢乃の宿泊先であるホテルを教えられ、荷物を持って直行した風神かぜかみまなぶ

ホテルの入り口の前でため息をつく──



諭:(小声)……全部、あの愚女ぐじょのせいだ。

あんなことしてこなけりゃ……絢乃あやのさんを怒らせることは、なかったというのにッ……



N弍:つい、恨みつらみがもれてしまう。

その道中は、かなり道行く人の注目を浴びるはめになったわけだが、彼が本職の軍人だと気づいたものはほとんど居らず。むしろ、本格的なコスプレくらいに思われていた。



諭:心の声

《頼む居てくれ。タクシーでもなんでも使って、戻っててくれたら……》



N壱:いらっしゃいませ。と愛想のいい受付担当が声をかけた。

しかし、まなぶの格好を見て不思議そうにしつつ、ご予約はされておりますか?といてくる。



諭:いいえ、予約はしていない



N壱:では、どのような…と言った感じで、ますます不思議そうだ。

すると、ホールの待合椅子に座っている男二人がまなぶを見て、何あれコスプレ? やら 違うくね、たぶんサバゲーの帰りじゃん?と話しているのが聞こえた。



諭:(咳払い)……ここに宿泊されている寒原かんばらさんは戻ってきていますか?ニーマルナナ号室の女性客です



N壱:受付担当は、目を瞬かせてリストを確認し出す。

しかし、返ってきた答えはノーだった。ため息をつくまなぶ



諭:そうですか。

……私が早く着きすぎたようですね。本人に確認は取ってあります。この手荷物を置きたいので、部屋のキーを貸してくれませんか?



N壱:一般的には、宿泊している本人が訪問者が来ることをホテル側に伝えておくべき事ではあるが、まなぶの格好や態度からして犯罪の可能性は低いと考えた受付担当。あっさりと部屋のカードキーを手渡した。



諭:ありがとうございます。また、すぐに出ますので



N壱:従業員に会釈えしゃくし、絢乃あやのの泊まっている部屋へと向かった。

エレベーターで三階にあがって、降りる。目的の部屋は七つ目だ。カードキーを機械にかざして解錠し、扉を引く。西側の窓から沈みつつある陽が覗いている。



諭:……居るわけないよな



N壱:整えられたセミダブルベッドが陣取っている室内には、絢乃あやのが愛用している香水のニオイが微かに残っていた。この部屋に宿泊していたのは事実のようだ。



諭:絢乃あやのさん、どこに居るんだ。……頼む、無事でいてくれ……



N壱:弱音にも似た悲嘆ひたんな言葉が漏れてしまう。

ブランド店の紙袋だけベッドの上に置き、貴重品のカバンは脇に抱える。そして、部屋を後にしようときびすを返した。その時だ。



諭:ぐぅっ……、こんなときに麻酔がっ……



N壱:なんとも言えない痛みがまなぶを襲う。

カラダの力が抜けかけるが、壁に寄りかかる。作戦行動中に負った後ろ脇腹の刺し傷が痛みの原因だ。



諭:た、耐えろ、耐えるんだ。

……(吸って、吐いて、吸って)…ふぅ…大丈夫。まだ、動ける痛みだ……



N壱:額に脂汗あぶらあせがにじむ。それもそのはずだ。

今回の作戦に同行していた衛生隊員えいせいたいいんの判断としては、今の時間までには設備の整った軍病院ぐんびょういん搬送はんそうしてもらう…、と考えていた。そのため、すぐに手術できるように麻酔を軽めに処置していたのだ。

しかも、まなぶは走り回ったこともあり効果が早く切れた。自業自得である。



諭:心の声

《血は出ていない。大丈夫だ。傷が開いたら、面倒だが。痛みくらいなら、耐えられる。痛みなんかに屈していられん。日が沈みきる前に見つけなければ……!》



N壱:部屋に備え付けられているウォーターサーバーから水を貰うまなぶ

そして、ポケットから医療テントからこっそりと拝借はいしゃくした痛み止めの錠剤じょうざいを体内へと流し込む。



諭:……ふぅ……、よし、行くか



N壱:その目つきは『狩人』と言って差し支えない程に鋭いものだった。



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N弍:一方、その頃。

置いていかれた島埜しまの大華はるかは、バリケードの中に設営されている国防軍の野営テントの中に居た。大華を支えてくれた陸士りくしの青年隊員と、話が弾んでいるように見える。



大華:へー、そんな人なんですね



青年 陸士:そんなんすよ。

いっっつも怖い顔してて、本当に厳しい人なんす。けど、指導力や判断力は神ってるし、武道全般できて、なおかつ鬼のように強くて!



大華:たしかに。さっきの判断力の早さは見事だなって思います



青年 陸士:やっぱり、民間の人から見ても凄い人ってわかるんすね



大華:ええ、まあ。

けど、胸ぐらを掴まれたのはさすがにヒヤリとさせれましたけど



青年 陸士:小隊長が民間の人に手を挙げるのは初めて見たっす


大華:あれは、『ボク』の態度がいけなかったんですよ。

おにいさんの目を見て分かりました。遊びなんかじゃないって



青年 陸士:聞きそびれてましたけど、島埜しまのさんは小隊長とお知り合いとかっすか



大華:いえ、おにいさんとは知り合いでもなんでもないですよ。

今日、初めて姿を見たくらいの他人です



青年 陸士:へー、そうなんすね



N弍:陸士の青年は、そこで言葉をきる。けれど、気になっているようで話を続けたそうにソワソワしている。それを察する大華はるか




大華:えっと、おにいさんの、恋人って言っていいのか悩みどころですけど。

共通の知人がいまして、その人が『ボク』のイトコなんです



青年 陸士:あ〜、なるほど。いとこさんなんすね!ふむふむ、小隊長にも春が来てたんすねぇ



大華:どういうことですか?



青年 陸士:自分が知っているかぎり、小隊長って仕事の鬼なんすよ。

色恋と無縁って感じで。カッコイイ人っすからモテはするんすけど。

あのキツい物言いっすから距離とる人も多くて……



大華:高嶺の花みたいな?



青年 陸士:そうっすね。

それが、ここ四ヶ月かなぁ、非番から戻ってくると態度がやわらかい日があるんすよ。

いい非番を過ごされたんだなーって流してましたけど。まっさかの恋人さんか〜



N弍:陸士の青年は嬉しそうだ。

上官の変化に『恋』が関係しているとは考えていなかった分、意外と言った驚きもありつつ、にへらぁ……と破顔はがんした。



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大華:心の声

《上司としての人望はあるみたいだし、おにいさんにとって国防軍って天職なんだろうな。

けど、なーんでアヤちゃんが絡むとここまでこじれるんだろうなぁ…、

あと、ウチも煽るみたいで、いろいろ言い過ぎたとは思うけど勘違いされるようなことするのもどうかと思うんだよねぇ…》

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N弍:大華はるかは、用意してもらった あたたかいお茶を飲みながら話し続けている陸士の青年を見やった。

その時、青年の背後に位置する出入り口の幕が上がっていることに気づく。

その幕の横を中年の男と小柄な女が通る。その姿を見て、ふと、思い出したずねる。



大華:あの、『ボク』がここに居座るのを許してくれた人って誰でしたっけ?迷惑じゃなければお礼を言いたいのですが



青年 陸士:ミヤケ班長のことっすかね



大華:ミヤケ班長さん?



青年 陸士:そうっす。

今、自分たちの指揮をしてくれてる陸曹長りくそうちょう…っていう階級の人なんすけど。小隊長が隊のなかでも仲良さげに話す人でもあるっす



大華:へー、昔馴染みってやつですかね

……その人、今どこにいます?



青年 陸士:あー、ちょっと忙しくされてるんで言伝ことづてなら受けるっすよ



大華:そうですよね。……じゃあ、この内容でお伝えください



青年 陸士:ふむ、わかりました。伝えておくっす



N弍:その場にあった紙切れに内容を書いて、陸士の青年に渡す大華はるか。陸士の青年もメモ紙を受け取れば、胸ポケットにしまった。



青年 陸士:いやぁ、にしても島埜しまのさん、本当におキレイっすね



大華:えっ、また急になんです?



青年 陸士:あ、すみません。

変な意味とかじゃなくて、今、メモ紙を渡してくれたじゃないっすか。その指先もちゃんと手入れされてるんだなって



大華:あー、まあ一応は人前に立つ仕事してるんで



青年 陸士:もしかして、舞台俳優さんっすか?



大華:いやいや、違いますよ。

たんなる接客業です。こういう服装してるのも仕事で慣れてるからってのもありますけど、ほぼ趣味ですね



青年 陸士:ほほう〜、いいっすね。趣味とお仕事が一緒って。その服も、とてもお似合いっすよ〜



大華:ありがとうございます



N弍:大華はるかからしたら、言われ慣れている言葉なので受け流している。しかし、陸士の青年からしたら本気の褒め言葉であった。



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大華:これ、店の名刺です。良ければ貰ってください



青年 陸士:おお!わざわざ、どうもっす。

じゃあ、自分も……って、そっか。今は迷彩だった……、

じゃあ、手書きっすけど受け取ってください


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大華:心の声

《……わぁお、癖のある字だ。読めなくはないけど、お世辞にもキレイとは言えないかなぁ……お?へー、名前は男でも女でも使いそうな感じだ。》


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N弍:陸士りくしの青年から渡されたメモは、几帳面きちょうめんな人が見たら卒倒そっとうしそうな文字が並べられている。

陸士の青年の名前は【國岸くにきし夕紀ゆうき】。

国防軍に入軍してから一年と数ヶ月の新隊員の部類である。

受け取った名刺を見ながら青年は。



青年 陸士:自分、メイド喫茶とかコンセプトのある専門的なお店は行ったことなくて〜



大華:専門だなんて、そんなだいそれたお店じゃないですよ?



青年 陸士:そうっすか?

でも、お仕事してる姿の島埜しまのさんは気になるっす!

次の非番には必ず行くんで。ぜひ、連絡先の登録をおなしゃっす!



大華:ええ、まあ。登録はしておきます



青年 陸士:ありがとうございます。

(振り向く)……はい!三曹殿さんそうどの!なんでありましょうか!



大華:心の声

《おっと、お呼び出しかな……》



青年 陸士:了解!すぐに向かいます!……すみません。時間みたいっす



大華:ですね。

じゃあ、『ボク』はこのへんで。いろいろ、ありがとうございました



青年 陸士:はい。次会うときは、自分の非番の日になるっすけど。よろしくっす



大華:ええ、ご来店お待ちしております



N弍:営業スマイルを浮かべて野営やえいのテントを立ち去る大華はるか

陸士の青年は、大きく腕を振って見送る。

──今後、大華と、この青年が国防軍の陸士 と 民間人という枠を越え、はたまた店員と客という枠も越え、良き友人になるのは、また別の話。



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N壱:さて、走って逃げている途中で転んでケガをした絢乃あやの。──あれから、一時間半が経過していた。



絢乃:本当に、お世話になりました。ありがとうございます



N壱:隠れ家っぽい外観の建物から出てくる絢乃あやの

(地下に続く階段をおりるとオシャレな大人向けの店内となっている。)

絢乃は相手に深々と頭を下げた。対して、とても温和おんわな雰囲気の初老しょろうの男性が微笑む。



絢乃:でも、本当によろしいのでしょうか。

ケガの手当てをして頂いたことにも感謝ですのに。

愚痴を聞いていただきましたし、コーヒーの代金までも……



N壱:初老しょろうの男性──この建物は趣味で経営している純喫茶だと語った──お店のマスターは、いいんだよ。気にしないで。と答えた。ますます申し訳ない気持ちでいっぱいになる絢乃あやの

しかし、この場は素直に相手の申し入れを受け入れるべきだろう。なにせ、手持ちはないのだから。



絢乃:あの、また次に来たときにでも代金をお支払いします



N壱:マスターは、少し困った顔をする。だが、すぐに思いついたように絢乃あやのに提案した。



絢乃:えっ、あっ……そうですよね……、わかりました……



N壱:絢乃あやのは、少し悲しい顔をした。

マスターが言うには、代金はいらない。かわりに君が話してくれた相手と来るように。とのことだった。

何かしら愚痴を言ったのならば、その相手というのは、まなぶのことだろう。



絢乃:……では、マスターさん。またいずれ



N壱:再び深々と頭を下げて、それから建物から歩き出す絢乃あやの

後ろを振り返れば、優しい笑みを浮かべたマスターが見送ってくれている。

絢乃は、手を振った。



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絢乃:心の声

《とても紳士的な人で素敵。

聞き上手な人との会話ってあっという間に時間が過ぎてしまうものね。

……今まで、お父さんとしか何十歳も年の離れた男性とは話してこなかったから新鮮だったわ》

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N壱:マスターが世話焼きだったお陰か、絢乃のり傷や靴ずれといったケガは丁寧にガーゼや絆創膏ばんそうこうで隠されている。しかも、わざわざ やわらかい素材のサンダルまで譲ってくれる心の広い人であった。



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絢乃:心の声

《マスターさん、あの年齢で奥さんを亡くされてるのは寂しいでしょうね。でも、ケガして動けなかったアタシに声をかけて、手当てまでしてくれた。

しかも、美味しいコーヒーまでご馳走してくれるなんて本当に優しい人。

……もしかして、奥さんとの出会いを思い出したから……なんて、勝手な想像ね。》

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N壱:テクテクと、進む。すっかり日も暮れており、街灯がいとうが次々と明るくなっていく。



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絢乃:早くホテルに戻らなきゃ、もしかしたら大華はるかちゃんが待ってるかもだし!



N壱:心もすっかり晴れて、ケガの痛みも薄れつつある。教えられたとおりに歩いていれば、分かれ道に差しかかる。



絢乃:……えっと。たしか、こっちの路地ろじを曲がればコンビニが見えてくるってマスターさんが教えてくれたから──



N壱:その時だった。

道を確認しながら曲がったせいもあり、前方 不注意。人とぶつかってしまう。



絢乃:きゃっ!ご、ごめんなさい!アタシったら……えっ、あっ……



N壱:顔をあげて、目を見張る絢乃あやの。何せ、そこに立っていたのは──


〈〉



諭:やっと、見つけたぞ絢乃あやのさん



絢乃:ま、まなぶさん……



諭:こんなところまで、よく歩いたな。ホテルまでかなり離れているぞ



絢乃:……走っていたので、道なんて見てる余裕もなかったんです



諭:そうか。……そうだった。このカバン、絢乃さんのだろ?



絢乃:え、はい。わざわざ持って来てくれたんですか



諭:ああ、まあな。ホテルに置きっぱなしにするのもどうかと思ってな



絢乃:わざわざホテルにまで行ったんですか??



諭:先にいていると思ったのだ。

そもそも、貴女と同行していたイトコの青年が渡しに行くと話していた。どうしても、貴女を追わなければと思ったからな。私が行くと、名乗り出たのだ



絢乃:イトコの青年…?

……あー、なるほどです



諭:……(深呼吸)



絢乃:まなぶさん?



諭:絢乃あやのさん、すまん



絢乃:えっ……ちょっ、なんですか!?ひゃあ!!

い、いっせなしハグするなんて!ここ外さ!?



(絢乃:標準語「えっ……ちょっ、なんですか!?ひゃあ!!と、突然 ハグするなんて!ここ外ですよ!?」)



諭:……絢乃あやのさんだ。本物だ。ああ、よかった。

本当に、よかった。貴女が、変なやつにさらわれたりしていなくて



絢乃:なんですか、それ……。

アタシなんかをさらう人なんていませんよ……



N壱:まなぶは、感極かんきわまったように絢乃あやのの肩へと顔を埋める。

それでいて抱きしめられてあせる絢乃。だが、ふわりと汗のにおいと、諭が愛用しているヘアワックスのにおいが香ってきて、久しぶりに触れ合える現実に胸が高鳴る。


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絢乃:……あ、あのぅ……



諭:……なんだ



絢乃:そろそろ、離してくださいませんか?いくら、人通りがないからって……



諭:逃げないか?



絢乃:逃げませんよ。アタシ、傷だらけですし



諭:ん?傷?何かあったのかっ!



絢乃:あっ、いえ、急いでて転んだだけですから



諭:…………



絢乃:まなぶさん?



N壱:かれこれ三分近くは抱きしめられたままで居た絢乃あやの。一応、不服そうにしながらも離れてはくれたがまなぶから冷たい視線が降ってくる。

しかも、まなぶ絢乃あやのの格好を見て、かなりチグハグなのを理解したようだ。



諭:わかった



絢乃:よかったです。なら、早く帰って、──えぇっ!?



諭:じっとしててくれ、さすがに暴れると落とす



絢乃:ちょっ、嘘でしょ!?



諭:コラ、大人しくしてろ



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絢乃:心の声

《うそっ、なんで抱きあげたりするの!?これから人目のつく場所を歩くのに!耐えろっていうの!?》

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諭:……心臓、すごい音だな



絢乃:い、言わないでくださいっ



諭:怖いのか?安心していい。訓練でも人をかかえることはするからな。慣れている



絢乃:ッ、そういう問題じゃないですってば!!歩けるからおろしてください!!



諭:靴ずれもしているのだろ?そんな人を歩かせるわけにはいかない



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絢乃:心の声

《これ、何の罰ゲーム!?というか、この、腕から伝わってくるのってまなぶさんの心臓の音ってこと?なんなの!?そっちにまでドキドキされると、いろいろ伝染うつるじゃない!

しかも、この状況ってアタシだけが恥ずかしいしッ!無表情ってこういう時ばっかりは得よね!!》

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N壱:なぜか、八つ当たり様なことを心の中で叫ぶ絢乃あやの。しかし、まなぶの言うとおり、腕の中はとても安定していて落とされる不安もなく、しっかりと支えてくれている。

すべては、訓練のタマモノというやつだろう。



(間)



──しばらく歩いて。



諭:ふむ、人通りが増えてきたな



絢乃:……うぅ、なんの罰ゲームなの、これ……



諭:絢乃あやのさん、走っていいか?



絢乃:もぅ、いい加減に、おろしてください……



諭:断る。さて、どうするか



N壱:しばらくは、黙々と歩いていたものの。人通りがある度に、小休憩とでも言うのか路地に身を隠すまなぶに対して、未だに抱き上げられたままの絢乃あやの。だが、ついに──



絢乃:本当に!もう大丈夫ですから!!



諭:なっ、おい、危な……ぐッ、ふぅ〜〜〜……



絢乃:え?ま、まなぶさん??



N壱:落とすことはなかったが、しゃがみこんで物凄く歯を食いしばっている様子のまなぶ。そんなまなぶを見て、戸惑う絢乃あやの

何せ、絢乃が下ろして欲しいばかりに足をばたつかせたせいで、その足が諭の脇腹に当たったのだ。しくも、絢乃の希望どおりに下ろしてもらえたわけだが。いかんせん、諭の顔色が悪い。



絢乃:あ、*かんべんねっ(ごめんね)……アタシ、そんなつもりじゃ……!



諭:は〜〜〜……

…うん、大丈夫だ。かすっただけだ



絢乃:かすっただけって、絶対、嘘ですよね?!変なところに入ったんじゃ?だって、ものすごい汗ですよ!?



諭:たしかに、不意のことで痛みは感じた。

だが絢乃さん、落ち着け。

そんなに、騒ぐようなことじゃない。ちょっとばかしったところに当たっただけだ



絢乃:ぬ、縫った?!まなぶさんのほうが、ケガしてるんじゃないですか!!



諭:ケガと言っても、私の不注意で負ったものだ



絢乃:不注意って……

ッ、バカです!!まなぶさんは!!



諭:なっ、なんだ急に



絢乃:ったってことは、さっきのお仕事で負った傷ってことですよね!?なんで、アタシなんかを追いかけてきてるんですか!!



諭:何を言うんだっ、貴女なんかじゃないだろ!私の不出来で、泣かしてしまったのだ!追ってきて、当然だろうがッ



絢乃:泣きたくて泣いたわけじゃないですから!!アタシが勝手に勘違いしただけで!!



諭:じゃあ、なんだ!?追ってこなければ、そのあとの貴女はどうするつもりだったんだ!!



絢乃:それは!!…それは……



N壱:痴話喧嘩ちわげんかぼっ発。

いくら路地だとしても、その先には人通りのある表通りなわけだが。冷静さをかいた二人の言い合いが響くばかりだ。



諭:それは!とは、なんだっ



N壱:壁に手をつき、絢乃あやのを物理的にも追い詰めて、顔を覗き込むまなぶ



絢乃:そ、それは……



諭:(ため息)……どうせ、迷惑になるとか考えて連絡をつとか する気でいたのだろう?



絢乃:ッ、だって!!まなぶさんは、あの女の人が恋人なんでしょ!?



諭:は?おい、どういう話の飛躍ひやくだ!!



絢乃:どうせ、まなぶさんは!アタシにしたっているとか言っておきながら!カラダに触れたいだけで!



諭:ふざけるな!貴女のなかでの私は、どれほど薄情な人間なのだ!?

何度も言っているだろう!私は、惚れたら一途だと──



N壱:まなぶが、勢いで壁を殴りそうになった……、その時だった。

警笛けいてきが言い合う二人をさえぎるかのように響いた。おまわりさんの登場である。



諭:なっ……



絢乃:あ、えっと……



N壱:通報した人の証言をおまわりさんから聞いた二人。絶句した。

何せ、まなぶが犯人扱いされているからだ。

証言は『迷彩服を着ている男性がケガしている女性と怒鳴りあっている。あのままでは女性が危ない。と通報をね?』とのこと。年配のおまわりさんが諭を疑ってかかる。




諭:……たしかに、言い合いはしていました。

ですが、私は断じて想い人に手はげません。自分の立場に誓ってです



N壱:迷彩服の内側から何かを取り出して見せるまなぶ

見せたのは黒革の手帳で、金字で『国防軍 在籍証明 手帖』の文字が入っている。



諭:これは身分の証明になりませんか?私は、国防軍こくぼうぐんに在籍しているものなのですが



N壱:黒革の手帳を見て、メガネの位置を押し戻した年配のおまわりさん。驚いた表情をするものの、街の治安を守るのが務めだ。

すぐにいぶかしんで、これ本物なのかい?とたずねてきた。



諭:では、こちらの連絡先に問い合わせをして下さって構いません。

少々、直属の上官の機嫌はよろしくありませんが、事実 確認には事足りるかと思います



N壱:今度は、手帳を開いて見せる。

防衛庁、国防軍の人事課、所属のアケボノ基地などの連絡先が並んでいるページだ。

冷静さを取り戻したまなぶは、おまわりさん相手にひるむことなく対応してみせた。

絢乃あやのは、居心地の悪さを感じる。


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絢乃:心の声

《アタシってば、何やってんのよ。

人目のあるところで怒鳴り合うなんて、まなぶさんに迷惑かけてるし……

よくよく考えれば立場のある諭さんがこの場に居るのって絶対ダメな状況なわけでしょ?なんで、こんなことになったのよ……!!》


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N壱:まなぶ真摯しんしな対応のお陰か、職場に連絡までする必要ないよ、という判断をくだした年配のおまわりさん。ケンカはやめなさいね。と説教のみで立ち去った。



諭:(ため息)……さて、おとがめだけで済んだわけだが。どうする?絢乃あやのさん



絢乃:ど、どうするって何がですか



諭:この後のことだ。

私がこの場にいるのがオカシイと気づいたはずだ。そして、貴女のことだ。私にさっさと現場に戻れとでも言うのだろ?



絢乃:そ、そこまで分かっていて、*なして(どうして)聞くんですか



諭:私は、貴女の誤解を解くまで戻るつもりはない。だから、どうするといたのだ



絢乃:……帰ります。ホテルに



諭:では、そうしよう。

すでに警察の人にも説教されたばかりだ。タクシーでも捕まえようか



絢乃:わかりました。

あ、料金はアタシが払いますから



諭:む?私も持ち金くらいあるぞ。二万だけだと心許ないか?



絢乃:お金の心配はしてません。

まなぶさん、いいですか。タクシーで戻っても、そのあとはどうするんですか。野宿をされるつもりですか?脇腹のケガを悪化させるおつもりですか?



諭:……絢乃あやのさん、急に強気だな



絢乃:アタシは、怒っているんです。だから、この腹の虫が治まるように話し合いしましょう



諭:怒っているのか……

そうか。まあ、そうだな。時間が許す限り話し合おうか



N壱:絢乃あやのの提案にのったまなぶ

こうして、一旦は休戦となったわけだが、果たしてホテルに着いたあとでもヒートアップせず話し合いができるのだろうか。


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絢乃:語り

『すぐ隣を想い人──まなぶさんが歩いているのに、会話らしい会話はできない。胸の苦しさに喉までつっかえてしまった。それでも駅ナカで夕食にできそうな惣菜そうざいを買い込む。まなぶさんは、なにやら買っていたようだけれど、見せてはくれませんでした。』


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諭:絢乃さん、買い物は済んだか



絢乃:あ、はい。とどこおりなく。……あれ、まなぶさん。いつの間に着替えを?



諭:ん?さっきだ。

貴女が夕飯の買い出しをしてくれている時にな。さすがに迷彩服は人の視線を集めるからな



絢乃:そうですか……



N壱:少し大きめの紙袋を抱えているまなぶ

そのなかに迷彩服をしまい込んでいると考えるとなかなかに器用だ。

ちなみに、今のまなぶは激安量販店でみつくろったがらのないフード付きパーカーとスエットというラフなのに、足下だけ半長靴はんちょうかなので なかなかにミスマッチである。


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絢乃:語り

『駅ナカから出て、タクシー乗り場に停まっていたタクシーに乗り込む。アタシと彼のあいだに会話はなく。とても静か。


急に降り出した雨のせいで窓からの景色もにじんでしまう。


こぶし二つ分の距離にまなぶさんがいるというのに、どうしてこんなにも遠く感じてしまうのでしょう。

そう、全ては自責じせきの念。

これから、自分の身勝手な想像を言葉にしなきゃならないなんて。

なんて苦しい時間なのか。

どうか、嫌いにならないで。どうか、もう一度、アタシを真っ直ぐな眼差しで見つめてほしいと願いを込めて……』


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──────────

劇タイトル 〜ロングバージョン〜


不機嫌なお見合い相手から逃げようとしたら、いろいろと大変です。


──────────


─ショートタイトルver.─

【すれ違い編 ③】


おしまい




【すれ違い編④】につづく!!

https://kakuyomu.jp/works/16816700427787953461/episodes/16816700429206424427




台本公開日

▷2022年7月12日(火)

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