第19話 : アラサーの自覚(水琴視点)
(18話の前日の話です)
「私がやってみせるから、あとは栞菜ちゃん、アナタの勇気だけよ」
間地代理はそう言うけど、私にはそんなことが出来る自信はどこにもない・・・・
歓迎会の次の日、夜の食事に誘われた私は
「今日はジムに行く予定なのですが」と頑なに断った。
「その予定よりも大事な話があるのよ」
「ジムよりも大事ですって?私は仕事のために体を鍛えているのですけど」
「そう、遙かに大事なことよ。仕事のためじゃなく、貴女のためにね」
私のスケジュール帳は午後6時以降だとこの先半年ほどは全て予定が埋まっている。スポーツジム、習い事、スキルアップ講座、知人との会食やエステサロン等だ。
特にスポーツジムは最低でも週四日は通うようにしている。
プロポーションの向上(少しでも胸が大きくならないかな)と仕事での体力維持が目的なので、出来れば毎日通いたいくらいだ。
昨日だって歓迎会のせいで休んだというのに、今日もキャンセルさせるなんて・・・・
とは言え、間地代理の目は真剣そのもの、断れる雰囲気なんか欠片ほどもない。
「今日だけは付き合いますよ」
だけを強調したけど、あの様子だとそれじゃ済まないかな。
ま、ここは様子を見ましょ。
食事の場所は個室のある小料理屋だ。
お酒も出るけど、今日はお茶で我慢するように厳命されている。介抱してくれる鬼城院がいないのだから仕方が無いと思ってここは耐えよう。
「栞菜ちゃん、これからしばらくアナタを改造することに決めたの」
お料理を頼んだらいきなり変なことを言い出された。
改造?私の何を変えようというの。まさかアンドロイドを造る会社だからって手や足を機械にしたりはしませんよね。えっ、意味がわからないんですけど。
「何を驚いてるのよ。まさか自分が完璧人間で、直すところが何も無いと思っているの?」
「いや、お酒についてはさすがに自覚がありますけど」
「それだけ?だったら重症よ。このまま行けば隔離病棟まっしぐらよ」
えっ、そこまで言われるの?
そりゃあ、お酒を飲んだらドン引きされるくらいの状態になることは自分でも知っている。おまけに私は大のお酒好き。なのに滅法弱いから、いつも酒乱と化している。
だけど普段は自分の家でしか飲まないし、愚痴るのもPC画面に映るバーチャルアイドルに向けてだ。誰にも迷惑は掛けていない。
「あのね、普段の生活を振り返ってみて、貴女いつも同じメイク、同じファッションでしょ。髪だってろくに手入れをしてないし、股を広げて座ってるし、『スキルアップ』が口癖で、それ以外の話題がないし、作ってくるお弁当は半分以上が冷凍食品だし・・・・」
「あ~、あ、あのですね、それ以上は私のメンタルが持たないんですが」
「どれか一つでも反論してみて頂戴!」
間地代理がこんな風に説教をしてくるのは初めてだ。
エロい服装は別として、いつもは優しいお姉さんという感じだったから、これはグサリと刺さる。
「いいこと、貴女、優治くんにちょっと気があるんでしょ。凄く惚れてはいないけど、どうかな、くらいの感じはあるわよね。見ていてわかるもの」
「ま、まあ、悪い印象はないです。はい」
「だったら、優治くん相手に恋愛の練習をしましょ。優治くんを本気で堕としなさい」
へっ、この人何言ってんの。
私がオトコを堕とす。ある訳ないでしょ。オトコは私に言い寄ってくるべき存在よ。
それに自分では外見を磨いているつもりなんだけど。
エステに通ってさえいるのよ。プロポーションを良くするためにジムにも通っているし、夫婦で共稼ぎ・・・・最悪は自宅で仕事が出来るように各種のスキルを身に付けている。
そりゃ、普段の料理は手抜きですけど、そこまでやる時間がないのは仕方ないでしょうに。それだけ自分を磨いている私が何でこっちからオトコにアプローチしなきゃならないのよ。
「栞菜ちゃん、怒ってるの顔に出てるわよ」
そんな、えっ、わかるの。
「オトコは貴女が考えているほど単純明快じゃないわよ。ルックスが良くて仕事が出来れば自然とオトコが寄ってくるなんて考えは甘いわ。貴女、この会社に勤めて何年?その間に彼氏がいたことある?一度でもエッチ、いやキスだけでもしたことがある?誰かとデートした?」
そこまで言わなくても良いじゃないですか。心はもうボロボロですよ。
「現状を見なさい。あと数ヶ月で貴女も三十路、アラサーまっただ中よ。わかるでしょ」
「ヴゥ・・・・はい」
悔しいけど、それは事実だ。
そう、ビジネスの鉄則、”全ては結果が物語っている”のだ。
私のモテ努力は全て結果に繋がっていない。つまり無駄な努力をしていたということだ。
目の前に並ぶ料理に手を付けたいと思わない。
悔しくて悔しくて、テーブルをひっくり返したいくらいだ。
「私がやってみせるから、あとは栞菜ちゃん、アナタの勇気だけよ」
冒頭の言葉だ。
うん?
「言ったでしょ、優治くんを堕としなさいって。私が見本を見せるわ。貴女はそれを真似てみて」
「それって、鬼城院を本気で好きになれってことですか」
「貴女が彼にどういう気持ちを持つかは関係ないわ。でも行動するだけで貴女の恋愛スキルは確実に上がるわ。アラサー女が声を掛けてくる王子様を待っているなんて痛いだけよ。こっちからも攻めないとダメ。もうそういう年齢だと自覚してちょうだい」
確かにそうだ。二十歳の頃、三十路の女は全員ババアに見えたもの。
あの頃は学校の前で私を待ち伏せしている男が何人もいたっけ。そんな軽薄は奴は嫌だと全員相手にしなかったけど、考えてみれば今は誰一人としてオトコから声を掛けてくれない。鬼城院だって私が誘わない限りお酒に付き合ってくれない・・・・
「わかりました。少し心を入れ替えます」
「そういう素直なところ、私は嫌いじゃないわよ」
間地代理はそう言って料理を口に運んだ。
私が食べたサトイモの木の芽和えは少し苦い味がした。オトナの味は甘いだけではいけないと思った。
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