第16話 : 仕事を捨てる覚悟(間地視点)

 智鶴ちゃんに計画を伝えた時の顔、それはそれは驚いた様子。

 目を丸くするとはこういうことだと言う見本のようだったわね。


「はい?」


 次の言葉が出てこないで、口をポカンと開けている姿はどうにも滑稽で、吹いてしまったじゃない。


「あの~、意味がわからないんですけど」


 真顔で訊いてくる姿が、また可笑しくて笑いが止まらなくなった。

 智鶴ちゃん、ごめんね。


「コホ、コホ・・・・あのね」


 この台詞が出るまでに2分もかかったのは許して。


「栞菜ちゃんのこと、アナタがどこまで知ってるかはわからないけど、彼女は恋愛下手なのよ」

「そう・・・・なんですか」


 まあ、そういう顔をするわよね。私を疑る目で見るのは当然よね。


「彼女、あのルックスでしょ。見た目だけなら文句はないんだけど、ね」


 そうなの。見た目だけで人を好きになるのは簡単だけど、離れていくのも簡単なのよね。

 栞菜ちゃんがまさにその代表みたいなものよ。


 酒癖は悪いし、外見には気を遣わない。化粧もファッションセンスも全然ダメ。趣味は”スキルアップ”で、意識が超高い系だから飲み会以外の遊びを知らない。オトコの扱いも最低、気に入らないとすぐに嫌悪の表情をする。家事は一通りできるみたいだけど、レベルは・・・・推して知るべし。


 仕事は間違いなくできるんだよね。それが他のことだと・・・・


「もう三十路だし、そろそろ女性として目覚めてほしくて、そのために優治くんに協力して欲しいのよ。だとしたら彼女である智鶴ちゃんに了解して欲しくて」

「・・・・」


 智鶴ちゃんの顔が固まっている。瞬きすらしていない。

 そりゃそうよね。彼氏を疑似恋人として使わせて欲しいなんて提案してるんだから。

 でも、ここはもう一押し。


「もしも優治くんが栞菜ちゃんに靡くようなことがあれば」

「・・・・」

「私が間違いなく止めに入るわ。それは絶対に約束するから」

「・・・・それ、本当に信じて良いのですか」

「信じて、本当に約束する」


 しまった、智鶴ちゃんが涙顔になってる。

 自分より美人へレンタル彼氏として貸して欲しいみたいなこと言われてるんだから。寝取られるリスクを考えたら絶対に嫌だよね。

 でもね、優治くんはそんなオトコじゃないよ。絶対に・・・・たぶん・・・・きっと・・・・じゃないかな。


 ま、まあ、そうなったら止める自信はあるし、栞菜ちゃんもそこまで暴走はしないだろう。


「あの・・・・私、こんな見た目ですし、優治さんは初めて出来たカレシなんです。それが水琴さんみたいな美女を相手にしたら・・・・もう・・・・」

「ま、待って、うん、私、凄く悪い提案してるんだと思ってるわ」


 他に練習台がいれば苦労しないのよ。

 ここは心を鬼にしないと、栞菜ちゃんは人生を拗らせちゃうわ。今が最後のチャンスだもの。


「水琴さんも優治さんもあくまで”練習”だと知ってるんですか」


 そうよね。私だってそう訊くわ。


「栞菜ちゃんにははっきり伝えてあるけど、優治くんには伝えないつもりよ。できれば智鶴ちゃんには優治くんに教えて欲しくないな」

「なぜですか?」

「二人とも知っててそういうことをするとなると、それは“おままごと”と一緒よ。私は栞菜ちゃんには本気で優治くんを堕としにいって欲しいの」

「それ、練習とは言いませんよね」


 智鶴ちゃんの声には明らかな怒気がある。当たり前よね。でも、ここは説得しないと。


「うん、優治くんからすればそうよね。でもね、優治くんの智鶴ちゃんに対する気持ちは間違いないわよ。それは私が保証する。そしてね、栞菜ちゃんのアプローチくらいで堕ちないわよ。それほど簡単に心変わりするなら、栞菜ちゃんの部屋に行った時にそのまま帰ったりしないでしょ」

「・・・・」

「栞菜ちゃんから聞いたのよ。優治くんが送ってくれたって。私には女性としての興味を持ってくれなかったって。だからきっと大丈夫。智鶴ちゃんが万が一にでも気になったことがあったならこのことを全て優治くんに伝えるわ。栞菜ちゃんにもあくまでも練習だと念押ししておくから」


 これでどうにかなるかな。


「・・・・わ、私は・・・・納得していません・・・・けど、水琴さんが幸せになって欲しい気持ちはあります。あれほどの美人で頑張っている人が独身で男の人を知らずに終わってしまうのは勿体ないと思います。でも、でも・・・・優治さんが自覚のないまま練習に使われるのは・・・・」

「気持ちはわかるわ。自分の恋人のことだもの当たり前よ。でも、ここは心を鬼にして言うわね。栞菜ちゃんを変えられるチャンスは今しかないの。だってもう三十路だもの。言葉が悪いけど旬の時期はもうあまり残ってないのよ。最後のチャンスをもらえないかな」


 三十路間近で旬が終わるなんて言ったら栞菜ちゃんに怒られそうだけど、実際、結婚して子供を産むことを考えたらあまり時間は残っていない。高齢出産のリスクは言うまでもないしね。

 私は正直それを後悔しているのよ。今から妊娠しても高齢出産になるしね。ま、シングルマザーという選択肢はあまり取りたくないからそれは無いと思うけど・・・・栞菜ちゃんはできればそうなって欲しくないと思うのよね。勿体なさ過ぎるもの。


「絶対に・・・・絶対に優治さんと私の関係を壊さないと約束してもらえますか」

「もちろん約束するわ。何なら私の首を掛けてもいい。この仕事を捨てる覚悟もあるわ」


 だって、栞菜ちゃんはそれだけのオンナだと思っているんだもの。


「わかりました」

「ありがとう」



 第一関門はクリアできたわ。

 あとは栞菜ちゃんに話をして、実践あるのみね。



🔷🔷🔷


 少し長かったですが、ここまでがハーレムまでの導入部です。

 次話から“開戦”です。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る