第15話 : 驚きの提案(智鶴視点)

「うわ、智鶴ちゃんのお弁当美味しそうね」


 昼休みになったら間地代理が私の席まで来て、机を覗き込みながら大袈裟な声を出す。

 割とオーバーアクションを取りがちな人だとは知っている。それでも今は一段と声が大きいし、ちょっと鼻につく感じがする。

 何かあるのかと警戒しようとしたら、一緒に外で弁当を食べようと誘われた。


 専属ではないと言え、上司の誘いを簡単には断れない。

 渋々──という様子は絶対に出さないようにして、一緒に近所の公園まで歩いて行った。


 緑が綺麗なこの時期、晴れていれば暖かいと言うよりも少々暑い。

 ベンチに座る間地代理の襟元は大きく開いていて、アップの髪型と相まって首のラインがしっかり見える。オンナの私でもゾクッとするほど色っぽい。

 ブラウスから透けて見える下着の色はベージュだ。

 目を凝らすとそこにはっきりと胸の谷間ラインが見られるから、半端じゃない巨乳だと言うことが嫌でもわかってしまう。ブラの肌に近い色と相まってまるでノーブラのように見えている。

 私が相手だから良いけど、オトコだったら──これだけで堕ちる人が結構いるんじゃないだろうか。


 間地代理の前職は銀座のホステスだと先輩が教えてくれたけど、たぶん本当だろう。

 オトコの気の引き方をよく知ってる。


 彼女のお弁当はお見事の一言。

 いわゆる”茶弁”ではなく、俵型の小さなおにぎりには、小さな梅干しが載り、そこにゆかりが散らしてある。

 レタスをちぎってクッションにした上に、ミディトマト、湯がいたニンジン、冷凍食品ではない小さなハムカツ、ピクルスが数種類とオレンジのクォーターカット。その脇にちょこんと厚焼き卵が置いてある。

 どこかのレシピ本から抜け出してきたような鮮やかなものだ。


 対する私のは・・・・もろ”茶弁”だ。

 肉じゃがにキュウリのお漬物とニンジンのきんぴら、冷食のシューマイが二つ。ご飯の上には海苔のふりかけ。生野菜はなくて、缶詰のパイナップルをカットしたものがアクセントとして入れてあるくらい。

 見た目で負けている・・・・


「わぁ、智鶴ちゃんのお弁当、もの凄く美味しそうじゃない」


 どこまで本心かわからないけど、これまた大げさな感じで話をしてくる。


「ね、ちょっとだけ交換しよ」


 グイグイ来る彼女、しかも上司である人に逆らうのは難しい。

 仕方が無く、ハムカツと肉じゃがを交換する。

 一口端を囓っただけで、普通のそれとは違うことがはっきり分かる。

 極上の肉厚ハムをサラサラのパン粉をまぶして揚げてあるから衣で隠された美味しさが口の中で爆発しているようだ。

 肉の甘い風味が口の中で弾け、下手なトンカツよりも上品な脂で口内が覆われる。歯触りはとても柔らかく、三、四回噛めば全然問題なく飲み込めそうだ。


 凄い──間地代理はこういうものを食べているんだ。


「・・・・」


 美味しすぎて言葉が出ない。

 冷めてもこんなに凄いのなら、揚げたては・・・・


「智鶴ちゃん、これ!美味しい!」


 隣で間地代理が声を上げている。私の肉じゃがと比べられると辛い。


「これ、”きたあかり”を使ってるでしょ。柔らかすぎて肉じゃがに向いていないやつよね。でも煮崩れさせずに味が良く浸みているから柔らかくてとても美味しい。上手ね」


 じゃがいもの種類はそのとおりだけど、ハムカツと比べれば誰もがそっちに軍配を揚げるだろう。


「ふふ、これで優治くんを虜にしてるのね」

「えっ!」


 何でそんなことを間地代理が知ってるの?

 誰にも優治さんとのことは話していないし、彼が話すとも思えない。

 え、昨日優治さんと二人で出張して、まさかその時に・・・・・・優治さん、嘘でしょ。


「あら、その驚き様は図星なのかしら」


 しまった。私としたことが一瞬冷静さを欠いた。

 普段ならつまらない誘導に乗らない自信はあるのに・・・・


「いいのよ。ウチの会社は芸能事務所じゃないんだから恋愛は自由だし、ましてお互い独身なんだし。さすがに異動してきたどうしとは思わなかったけどね」


 でもね、私みたいなのが優治さんと付き合ってるなんてなると、どんな眼で見られるやら。まして相手が間地代理だ。何か裏があるに違いない。


「それでね、優治くんについて私からお願いがあるの」

「はい?」


 まさか、同じチームじゃ仕事に差し障るから別れろ・・・・じゃないわよね。


「彼を栞菜ちゃんの練習台にしたいの?」

「はい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る