第12話 : 鈴華、デパートの受付嬢をする

 翌日、出勤すると鈴華のデモの仕事を命じられた。


 販売企画課ここは現地で顧客の意見を聞くのは大事だからと、かなり積極的に外へ出るらしい。

 営業課とこの課で集めた情報を基に具体的な販売戦略を決めるとのこと。


 そして、鈴華の試用はあと一ヶ月のつもりでいたら、動かしているOSにバグが見つかって、結構大規模な修正プログラムを作らなければならなくなったそうだ。

 リリースが少し遅れるだろうから、それに伴い試用期間も長くなるだろうとのことだった。

 何回か鈴華を連れて出かける機会があるのだろう。



 今回は都内のデパートの受付嬢として鈴華を使ってみたいとのこと。

 自分一人で現地まで向かうつもりでいたら、鈴華が現場で働いている姿を見たことがないというので間地代理が付いてくることになった。


「「おはようございます」」


 今は朝8時、ウチの会社も相手先も勤務時間外だ。

 一応受付の業務については以前01型で何社か対応しているのから問題はないはずで、あとは空間認識や人物認識をすれば実戦投入できる。。

 その認識に時間が掛かるので、今日は早朝出社を余儀なくされている。

 アラームを最大音量で鳴らして朝6時に起たから眠いことこの上ない。


「ルックスは、マスクで隠せば十分対応できますね」


 さすがにデパートの受付には容姿も求められるのだという。

 文句の一つも言いたいが、顧客の要望なのでここは我慢する。


「商品になる時は外観が違うでしょ?」

「そこは現在検討中です。今日は外見以外の部分を評価してもらいたいのです」


 先方の問いに間地代理が間髪入れず答える。


 本当は鈴華の容姿でいいじゃないかという気持ちが最近強くなってきている。

 智鶴と過ごす時間が多くなってきているせいか、どれほど華やかな外見をしていても人間は中身が大事だと思える。

 鈴華はアンドロイドだし、デパートの受付に他者との深い関係性は求められないだろうから容姿にどうのこうのというのがイチャモンでないことくらいはわかる・・・・

 それでも、即答されると俺としてはへこむんだよな。


「それじゃ、暫く任せてみますか」


 三人で、警備室にあるモニターから取った画面を見ている。

 開店と同時に何人かがやってきた。


 何とか上手にこなしているようだけど、どこかでわからないことがあるのだろうか。もう一人が対応を終わるのを待っている。

 人間なら初仕事は「こんなものだ」で許されるのだろう。

 アンドロイドとなるとそのあたりの評価は厳しくなる。初日から満点でなければならないのだ。

 

 ほどなく問題は解決し、一緒に仕事をしていた女性からの反応も上々だった。

 先ほどのトラブルはお客様の勘違いだったと言うことで無事に解決したそうだ。

 別のデパートでやってるイベントの話しをされても──そう彼女は言っていた。


「お疲れ様でした」


 午後6時にデモが終わった。

 デパートの閉店時間まではまだ間があるが、大体のことはわかったと言っていただいた。

 体の動きも所作も不自然なところはどこにもなく、ひいき目抜きにとても美しい。

 勝手な想像だけど、それなりの評価は得られたのではないか。


 鈴華をウチの会社の服に着替えさせ、オフィスに戻ったら珍しく誰もいなかった。


「俺、今日のレポート書いてから帰ります。一時間もあればできるでしょうから」

「ダメよ。ここは開発部じゃないのよ。そんなことは明日の朝すればいいの」

「でも・・・・」

「それより、優治くん、これから予定あるの」


 また名前呼び?間合いの詰め方がちょっと強引な気が・・・・


 今日は何の予定もない。確か智鶴は習いごとがある日のはずだから、来るとしても9時過ぎだろう。その位の時間だと来ない日の方が多いし、連絡も入っていない。

 気になるのは昨日の今日で間地代理とプライベートが一緒だと言うことだが・・・・ま、いいか。


「いえ、フリーです」

「じゃ、行きましょ」

「はい?」

「一緒に食事くらい摂ってもいいでしょ」


 有無を言わさず間地代理に連れ出された。

 場所は結構良い料金がしそうなフレンチのレストラン。

 予約なしで大丈夫なのかと思ったら、会社へ戻った時に確認しておいたとのこと。

 手回しが良いというか・・・・


「お疲れ様、どうウチの仕事は?」

「いや、異動して半月位しか経っていませんから、まだまだわからないことだらけです」

「優治くんならすぐ慣れるわよ。今日見ていてそう思ったから」

「そういうものですか」

「私の目に間違いはないわ」


 そう言いながら目の前のワインがどんどん減っている。

 水琴ならもう酔っ払ってひどい状態になっているところだけど、この人は顔色一つ変わっていない。

 気が付けばボトルをほぼ一人でカラにしてしまっている。


「ところで、栞菜ちゃんとはどんな関係?付き合ってるの?」


 ストレートに訊かれて口の中にあったサラダを吹きそうになった。必死に堪える。

 もう少し口の中に物が入っていたら、間違いなく間地代理の顔に吹きかけていただろう。


「び、ビコととば、ぞんが、がんげいでは・・・・」


 ちゃんと咀嚼できないほど動揺して、噛みに噛んでいる自分が情けない。


「あら、栞菜ちゃん随分貴男にご執心みたいだけど」

「そんなことは絶対にないです」

「そう、この間一緒に飲んでくれるのは優治くんしかいないって言ってたわよ」


 フレンドリーなのは良いけど、会社関係で名前呼びされるのは違和感が半端ない。

 声も色っぽいし、やっぱりこの人職場を間違えてると思う。


「そうですか。親しくしてるとは思いますが、それ以上の関係ではありませんから」

「じゃ、私が貴男を食べちゃっても良いの?」

「ガフッ、ゴホ、ゴホ・・・・」


 口の中に何もないことを神に感謝した。

 それくらい動揺して咳き込んでしまったのだ。


「あはは、冗談よ。私も酔ってきたみたい」


 まじまじ見れば少し顔が赤い。


「でも、少しはその気があるかな」


 妖艶な笑みを浮かべて、じっと俺の眼を見ている。

 心の底まで見透されているようだ。


「ふふ、今日は楽しかったわ。また是非一緒にね」


 そう言って彼女は立ち上がった。

 私が誘ったのだから支払いは当然と言われ、財布を出すことすらさせてもらえなかった。


「優治くん、初心よね。食べ応えがありそう」


 恐らくわざと聞こえるように声を出したのだろう。

 ”男を自由に操る”という水琴の言葉がリアルなことだと実感しながら家路についた。

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