第320話

 ボトリと地面に落ちた粗暴な男の首、四肢が分かたれた胴体、切断された両腕・両脚。それら全てが、粗暴な男の命の灯が完全に消え去った瞬間、まるで用済みとばかりに砂粒の様になってサラサラと崩れ散っていく。

 精度を上げた魔力感知で、粗暴な男の暗き闇の魔力が残っているか確認するが、一切魔力が感じられる事はない。それどころか、もはや存在していたのかという程、痕跡こんせきすらも残らず消え去っている。


「ウォルター、そっちも終わった様じゃの」

「ジャック爺。こっちに来たって事は、そっちは終わったんだ」

「うむ、万事抜かりなく。それにしても、身体が残る様に殺すとこうなるんじゃな。魔人という新たな種とやらになった影響、強大な力を得る代償といった所かの」

「かもね。こんな風に存在すら残さず消え去るなんて、今まで倒してきた魔物たちでも見た事ないから」


 ジャック爺の言う通り、魔人という新たな種となった影響、人間を捨て去り強大な力を得る代償なのだろう。死んだ後に遺体も残らず、誰にも知られなければ死んだことにも気付かれない。悼む気持ちを持つ、粗暴な男の事を思っている人がいたとしても、身に付けていた遺品は何一つ残る事はない。それが、人の道を外れた存在へと至るための制約。


「ウォルター、賢者様。これは一体…………」

「身体が、砂みたいに崩れて消えていってる?」


 別の場所で魔法使いたちと戦っていたイザベラたちも、傷一つなく戦闘を終わらせてこっちに合流した。疲労している様子も、魔力をいちじるしく消耗している様子もない。共に戦う仲間としても、イザベラたちの婚約者としても、全員が無事な事に心からホッとして安堵する。

 そんなイザベラたちは、砂粒の様になってサラサラと崩れ散っていく粗暴な男の身体を見て、どうなっているんだと驚いている。俺とジャック爺は、驚いているイザベラたちに戦いの一部始終を説明する。イザベラたちは魔人という新たな種という存在や、それに至る方法が人間と魔物の融合である事など、色々と渋滞気味に起きた出来事や情報にさらに驚いている。


「しかし、こんなに教会を荒してしまって大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃ。今この場は、暗き闇の力によって異界化しておる」

「異界化、ですか?」

「儂らがアモル様と出会った時に招かれた、あの空間と似た様な状態となっておるという事じゃ。詳しい事までは分からぬが、この教会でどれだけ暴れようとも、教会の外には何ら影響もないじゃろう。もしかしたら、この教会にすらも何の影響もないかもしれん」

『ジャックの予想通りです。既にここは、暗き闇によって異界化させられています。封印が完全に解かれ、暗き闇が完全に復活して力を取り戻すために、この場所を自分の力が十全に及ぶ領域にしています』


 アモル神がジャック爺の予想通りだと答え、ここが既に異界化している事を教えてくれる。


「異界化すると、元々の場所はどうなるんですか?」

『ジャックが言っていた様に、この場所でどれだけ暴れたとしても、本来のこの場所に影響は一切ありません。ウォルターたちに分かりやすく言うならば、この場所をダンジョンの様な場所にしたという所ですね』

「つまりこの場所は、暗き闇をダンジョンの王とした、最高難易度のダンジョンということですか」

『ええ、その通りです。ですが、ここまで異界化しているのならば、私も十全に力を使うことが出来ます。愛を司る女神として、ウォルターたちと共に戦う仲間として、何があろうとも全力で愛しい子らを守り抜きます』

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