第300話

 魔力感知の網を維持しつつ、肉が焼けるのを待つイザベラたちやカノッサ公爵夫妻、そしてセバスさんたち使用人に、焼けたお肉や野菜を皿に乗せていってあげる。


「ウォルターさん、やはり私たちもお手伝いした方が……」

「今日は建国祭という特別な日ですから、この時間くらいは身体や心を休めてください」

「いえ、しかし……」

「セバス、私たちもそれを認める。ウォルターに甘えて楽しみなさい」

「そうよ。お肉も野菜もとっても美味しいから、皆気にせずに一杯食べなさい」

「……分かりました。ウォルターさん、お願いします」

「はい、任せてください」


 セバスさんたちにも楽しんでもらう為に、大きなグリルを幾つも並べて、鉄板の上でお肉と野菜を次々と焼いていく。

 今回は体一つでは足りないので、無属性の魔法を使用して対応している。魔力の剣を生み出すという技術の応用で、魔力で構築した腕を数本生み出して、その手にフライ返しやトングを持たせている。魔力の腕を自由自在に動かして、いい焼き加減になったお肉や野菜を皿に移し、次のお肉や野菜を鉄板の上に乗せていく。

 鉄板から漂うお肉や野菜の良い匂いに、イザベラたちやカノッサ公爵夫妻、セバスさんたちの食欲は大いに刺激され、お肉や野菜を口に運ぶ手は止まらない。イザベラたちやカノッサ公爵夫妻には申し訳ないが、セバスさんたちに目一杯楽しんでもらう為に、良いお肉やお野菜はセバスさんたちに優先している。


(いくらカノッサ公爵家の優秀な使用人たちでも、こういう機会でもなければ目一杯楽しめないだろうしな)


 食は人生を豊かにするという言葉もある通り、人が肉体的にも精神的にも満たされていると感じるものの一つが、美味しいものを食べるという事だ。美味しいものを食べれば自然と頬はとろけて緩み、とても幸せな気分で満たされる。

 セバスさんたちは、カノッサ公爵家の使用人として良い給料をもらっていて、色々と美味しいものを食べてきているはずだ。だが、美味しいものは何度食べても美味しいものだ。さらに今回は調味料も色々と取り揃え、味の変化も楽しめる様にしているので、したえているセバスさんたちも満足してくれるだろう。


「こうして皆で楽しむ食事会はいいですね」

「そうだな。今後は、身分関係なく皆で楽しむ食事会を定期的に行っていこうか」

「それはいいわね。王都の屋敷だけでなく、領地の屋敷の方でも行う様に連絡しておきましょう」


 カノッサ公爵とアンナ公爵夫人が、今回の食事会で何かを思ったのかそう言う。この身分差が激しく重い世界において、こうして身分関係なく一緒に食事をするという事は珍しいし、今後もやろうという事も非常に珍しい。しかも、それが貴族のトップである公爵家での事だと言うから、他の貴族家からしたら天変地異が起きたくらいの衝撃だろう。

 俺個人としては、身分差を廃止して皆平等にとまでは言うつもりはない。この世界にはこの世界が歩んできた歴史がある。転生者だからと言って、そういった部分を無理やり変えていく事は好ましくないと思っている。大胆さも時には必要だが、身分差に関しては慎重をしていきたい。


(子や孫たちには、いろんな人と仲良くなってほしいし、いろんな人に愛されて欲しい。その為にも、俺たちが今から下地を作っておく)


 どれだけの時間が必要かは分からないが、いつかこの世界でも、共に席を囲んで食事をする事が当たり前になってくれていれば嬉しい。そしてそこに、俺たちの子孫が笑っていてくれるならなおの事嬉しく思う。

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