第271話

 非常識で下品な招待状がカノッサ公爵家に送られてきたとしても、俺たちの日々の生活は全くと言っていい程変わる事はないままに、愛しい人であるイザベラたちや友人たちと楽しく過ごしている。そんな俺たちとは対照的に、ローラ嬢やアルベルト殿下、それから側近たちが婚約式の準備で忙しくなったのか、魔法学院に姿を見せる日が少なくなっている。

 さらにはローラ嬢の取り巻きの令嬢たちや、派閥に属している生徒たちも準備の手伝いに駆り出されている為、魔法学院はとても静かで過ごしやすくなっている。ローラ嬢が偽りの聖女となってからは、中立派の生徒や先生たちに強引に迫り、自分たちの派閥に入る様にと圧を掛けていたからな。その重圧からも解放されて、中立派の生徒たちや先生たちも、のびのびと自然体で生活出来ている様に見える。


「人間はストレスを溜め込み過ぎると、肉体的にも精神的にも問題が出てくるから。…………私たちも‟前”の時は、何回かストレスでやられそうになったもの」

「私たちが下手に出てれば、調子に乗ってあれこれと…………」


 イザベラとクララは、前世での様々なストレスがフラッシュバックした様で、急速に暗くよどんだ雰囲気を纏い始める。今までにも前世の色々な話を聞いてきたが、前世の二人も相当に苦労を経験してきたのか、結構な頻度で愚痴も聞かされてきた。そんな二人に聞かされてきた愚痴の中には、それって本当なのって思ってしまう様な内容もあった。


(だからだろうな…………)


 自分たちの前世の苦しかった時の精神状態と、今苦しんでいる中立派の生徒たちや先生たちの精神状態が重なって感じてしまうのか、久々にのびのびとしている生徒たちや先生たちを、二人はほっとした様子で暖かい目をして見ている。

 偽りの聖女であるローラ嬢や、その取り巻きである派閥に属している生徒たちが魔法学院にいない時は、イザベラたちが自ら動いてお茶会に誘ったり、休日のお出掛けに誘って楽しく過ごしたりしている。現在ローラ嬢たちは婚約式の準備に忙しく動いている為か、それらの交流に難癖なんくせを付けられる事はなく、平和で静かな時間が流れてホッコリとしている。

 それらの時には、一緒に過ごす中立派の生徒たちや先生たちには、前もって色々と言い含めてある。ローラ嬢たちから何か言われたりされた時、何かをやらされそうになった時には、直ぐに自分たちに助けを求める様にと。


「このまま彼女たちが戻ってこないでくれると、色々と楽になっていいんだがな」


 この平穏が再び失われ、騒音によって騒がしくなる事を考えた時、思わず心の中の言葉が漏れ出てしまった。その思わず漏れ出た心の中の言葉に、イザベラたちは頷く事で同意を示す。この場にいる友人たちにも聞こえていた様で、ウンウンと力強く頷く事で同意を示してくれている。


「正式に婚約式が行われるとなれば、次代の王妃としての王妃教育などで忙しくなるので、静かに過ごせる日が以前よりは過ごせると思います。あの子は、貴族教育も十分に努力する事が出来ない問題児。それよりも遥かに厳しい王妃教育で、早々に合格点を貰う事は出来ないでしょうから」


 その合格点を貰ったマルグリットが、静かにローラ嬢の今後を分析する。長年姉として、ローラ嬢を見てきたマルグリットが言うのならば、その可能性は大いに高いのだろう。

 ローラ嬢は自身の権威を見せつけ、イザベラたちにマウントを取るために婚約式を行おうとしている。だがその婚約式を行うといった行為こそが、自らの首を絞める事になるかもしれないとは、ローラ嬢は想像もしていないだろうな。

 しかし、ローラ嬢には聖女であるという権威がある。その権威を使って、王妃教育を拒否する可能性もある。だがそんな事をすれば、アイオリス王家とはみぞが出来る事は間違いない。この難局なんきょくをローラ嬢がどう切り抜けるのか、俺たちは静かにお手並み拝見するとしようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る