第235話

『……今日はもう一つ私から話があってな』

「もう一つの話?聖獣の誰かが力を授けたのかっていう話以外に?」

『そうだ。まあ、この話の対象となる者はウォルターだけになるのだがな』

「俺、ですか?」

「ウォルターさんだけに?……アセナ、もしかして貴女…………」

『ああ、アモル神の考えている通りの話だ。今度こそ暗き闇を完全に倒す為というのもあるが、私自身がウォルターを気に入ったというのもある。だからこそだ』

「確かに、貴女の力とウォルターさんの戦闘様式スタイルは、勇者と比べると非常に相性が良いわね」

『そうだろう。だからこそ、暗き闇との戦いの時にはウォルターの役に立つ』

「そうね。ウォルターさんが貴女の力を得たならば、暗き闇を確実に倒せる可能性がさらに上がるわ」


 お二人の会話の内容からすると、俺にアセナ様の力を授けるという事を話し合っている様だ。全く予想していなかった事に、正直にいうと喜びよりも困惑の方が強い。誰かに力を授けられるという事を予想していなかったから、どうすればいいのか全く分からないし、心構こころがまえすら出来ていない状態なのだ。そんな俺の状態を察してくれたのか、イザベラたちが俺の傍にそっと近寄ってきてくれて、大丈夫だという温かい気持ちを伝えてくれる。その温かい気持ちを感じて、困惑に揺れていた心が落ち着いていった。


『ウォルター。お前に私の力を授けたいと思っているが、忌憚きたんのない意見を聞かせてくれ』

「大変光栄ですし、暗き闇と戦う力を得られる事を嬉しく思います」

『そうか。ならば私の傍に近寄りなさい』

「はい」


 俺はアセナ様に言われた通りに、木の傍で寝そべっているアセナ様へと近寄っていく。アセナ様は寝そべっていた状態から立ち上がり、近づいてくる俺をその場で待つ。そして、俺はアセナ様の眼前に立ち、真正面からアセナ様と相対あいたいする。


『ウォルターよ、どちらでもいいが手を前に出せ。ああ、掌は上に向けてな』

「分かりました」


 右手の掌を上に向けて、アセナ様に向けて差しだす。その差し出した右手の掌の上に、アセナ様は空間を少し開けた状態で、白いモフモフの左前足を右手の掌の上に合わせる。


『では、始めるぞ』

「お願いします」

『我、アセナの名において、ウォルター・ベイルトンに獣の力を授ける。常に気高けだかくあり、敵対する者に自らの牙を突き立てよ。そして自らが先頭に立ち、愛する群れ家族をその力で守り抜け』


 言葉を告げたアセナ様は、左前足に神々しくも荒々あらあらしい力を集中させて、その力を球体のかたまりへと変化させる。そして、その球体の塊とした力がふわふわと移動して、俺の右手の掌へとゆっくりと吸い込まれていった。力の塊が全て吸い込まれると、神々しくも荒々しい強大な力が身体の中を巡り、心身に燃えたぎる様な熱を感じさせる。しばらくの間身体を熱せられていたが、徐々に力が心身に馴染なじんだようで、ゆっくりとその熱が冷めていく。


「……これが、アセナ様の力」

『授けた力は、ウォルターが意識すれば使う事が出来る。最初の内は力に振り回されるだろうが、幸いにもウォルターの傍にはアモル神がいる。アモル神に協力してもらえば、早々そうそうに力に慣れる事が出来るだろう』

「…………ええ、そうですね」

「ふふふ、私に任せてちょうだい」


 アセナ様の言葉に、アモル神は心底楽しみだという様子でニコニコと笑う。その姿を見て、あの延々えんえんと続いた模擬戦の事が思い出される。今度は、何時間ぶっ続けで模擬戦に付き合わされるんだろうか。

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