第222話

 日記を真剣に読んでいるクララをそのままに、ベルトーネ男爵夫妻は古の勇者や聖女ジャンヌについて、暗き闇について知り得ている事を教えてくれた。特に興味深い内容としては、アイオリス王国全体で信仰している宗派である、愛の神アモル神が愛し子に与える特別な力についてだ。

 俺やイザベラ、そしてクララなど元日本人の転生者からしてみれば、まず神という存在自体疑ってかかるものだ。実際に転生という奇妙な経験をしている今でも、俺たち三人は神に出会って転生させてもらったわけでもないので、神という存在が実在するとは思っていなかった。そんな神が現実としてこの世界に実在し、尚且つ愛し子とはいえ人の子に力を与えるなんて、俺たちにとっても予想外の事実であり驚くべき事だ。


「当時のアモル教は、聖女ジャンヌが授かった力の事は知っていたんですか?」

寵愛ちょうあいだけでなく力まで授けられたという事を知っていたのは、教皇などの一部の上の者たちだけだったそうよ」

「姿を消して消息を絶った時、アモル教は、一部の上の者たちは何かしら動いたんですか?」

「暗き闇を封印して直ぐの頃は、一部の上の者たちもと画策したそうだ。だが驚くべき事に、彼らが信仰するアモル神自身が神託しんたくを下し、聖女ジャンヌをアモル教に閉じ込める事を禁じたと日記に記されている」

「一部の上の者たちは、自分たちが信仰するアモル神直々の神託に逆らう事は出来ず、惜しみながらも聖女ジャンヌの事を諦めたそうよ」


 ベルトーネ男爵の言う色々の中には、聖女ジャンヌ個人の意思に反する様な、アモル教にとって都合の良いものも含まれていた事は間違いないな。アモル神は神の力か何かでそれを見透かして、聖女ジャンヌに良からぬ事をしない様にと、教皇を含めた一部の上の者たちに大きく深い釘を刺したのだろう。アモル神が聖女ジャンヌにどの様な感情を抱いていたのか分からないが、聖女ジャンヌの意思を自らの愛し子として最大限尊重し、自由な人生を送らせようとしてくれたのかもしれないな。


「聖女ジャンヌは、王都を離れてから直ぐにベルトーネ男爵領へ?」

「いえ、違います。ベルトーネ男爵領に辿り着いたのは、王都を離れてから十年以上経ってからです」

「十年!?それまでの間、聖女ジャンヌは一体何をしていたんですか?」

「暗き闇に付き従う者たちは暗き闇の指示の下、アイオリス王国全土で暴れ回ったそうです。聖女ジャンヌはアイオリス王国中を巡り、大きな戦いによって傷ついた人々を癒し、暗く沈んだ雰囲気を晴らす様に励ましていったと記されています」

「そしてその旅の最後に、王都から遠く離れた場所にある、ベルトーネ男爵領へと辿り着いたという訳です」

「そこで出会った当時のベルトーネ男爵と恋に落ち、二十六歳で結婚してベルトーネ男爵夫人となり、かつて聖女と呼ばれた女性は一男一女の母親となった。そして、残りの生涯をベルトーネ男爵領で過ごし、二人の子供や孫たち、ベルトーネ男爵領で暮らす者たちと共に幸せに過ごした」


 日記の全てを読み終えたクララが、静かに日記を閉じながらそう言った。クララの顔には強い決意が表れており、聖女ジャンヌが未来の末裔たちに託したものを、しっかりと受け継いだ事が伝わってくる。


「お母さんがわざわざ王都まで来たのは、私にアモル神が授けた力の使い方を教える為なのね」

「そうよ。私たち聖女ジャンヌの血に連なる者に宿る、アモル神が寵愛と共に授けてくれた力。それをクララが扱える様になれば、古の勇者と共に戦った聖女ジャンヌと同じく、暗き闇と戦う際に大きな力となってくれるわ」

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