第221話

 神の愛し子たる聖女ジャンヌと言えば、古の勇者と同じくらいの知名度を誇る、アイオリス王国で生きる女の子たちが憧れる存在。類いまれなる魔力量と、属性魔法に関する天賦てんぷの才を持っていたとされる、千年に一度の魔法使いと呼ばれた聖女。そして、そんな聖女ジャンヌを聖女たらしめたのは、どんな深い傷や病を即座に癒してしまうと言われた回復魔法だ。

 聖女ジャンヌの回復魔法は、当時の王侯おうこう貴族たちが毎日の様に求めたと言われており、他国にまでその噂が広まっていたそうだ。色々な本に書かれている聖女ジャンヌの人物像は、性格は非常に穏やかでどの様な人にも優しく、貴賤きせん関係なく人を救っていた本物の聖女。そんな聖女ジャンヌが、クララやセラスさんの先祖だったとは驚きだ。


「……聖女ジャンヌの消息は、古の勇者と邪悪なる黒き闇との戦い以降不明だったはずです」

「ええ、この国の歴史書などにはそう書かれています」

「恐らくですが、古の勇者が封印の関係から、関係者の消息を歴史から消し去ったのでしょう。ここに書き記されている内容の中にも、その事に関しての記述きじゅつがありましたから」

「確かに未来の事を考えるならば、その選択肢は最善であったと思います」


 当時の暗き闇にも付き従う者たちがいたと、森の主であるケルノス様が言っていた。暗き闇が封印されたとしても、付き従う者たちが全員死んだか捕らえられたかは不明であるのならば、古の勇者や聖女ジャンヌの判断は最善のものであったと俺も思う。

 そして、聖女ジャンヌの末裔がクララであるという事から、乙女ゲームの世界であろうこの世界のヒロインは、クララである事は間違いないだろう。クララも属性魔法や回復魔法に関して類い稀なる才を持つ、ヘクトル爺やローザさんが認める優秀な魔女。俺もクララも回復魔法を何度も受けた事があるが、ヘクトル爺が使う回復魔法とは回復量や速度が違った。その辺の事も、聖女ジャンヌの末裔である事が関係しているのかもしれないな。


「暗き闇の話が出た時、代々受け継いてきたこの日記の存在と、聖女ジャンヌが未来に託したものをクララが知る時が来たのだと思いました」

「聖女ジャンヌが、私の先祖が……未来に託したもの」

「そうだ。母さんとお前のご先祖様の人生や想いが、この一冊に全て込められて書き記されている。末裔であるクララが、ご先祖様の人生や想いを受け取ってあげてくれ」


 ベルトーネ男爵が、クララの顔を真っ直ぐに見てそう言う。クララは真剣な表情と雰囲気となって、ベルトーネ男爵夫妻の目をしっかりと見て頷いて返す。それを見たベルトーネ男爵夫妻は、クララの決意に安心した様に微笑んだ。そして、セラス男爵夫人がその手に魔力を集中し、魔力で形作った鍵を生み出す。その鍵を構成する魔力は、この世界で感じたことのない不思議で暖かい未知の魔力であり、どこか神々しささえも感じてしまう。そんな魔力で作り出した鍵を、日記を閉じている錠へと差し込みゆっくりと回し、物理的・魔法的な二つの頑丈な錠を解除する。

 すると、日記から錠を解除した鍵と同じ神々しさを感じる未知の魔力が溢れ出し、その存在感を大きく強めていく。日記そのものが、普通の一冊の本といったものから、特別で貴重な一冊の本へとイメージがガラリと変化した。セラス男爵夫人は、そんな日記をクララの前に向かってスーッと移動させる。クララは目の前の日記を手に取って表紙を開き、つづられている聖女ジャンヌの生涯を静かに読み始めた。

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