第216話

 ローザさんは俺たちにそう言うと、執務机の裏に回って一つの本棚に近寄っていく。そして本棚の中にある一冊の本を手に取って開くと、勢いよくページがペラペラと自動的にめくれていき、丁度本の真ん中の辺りでピタリと止まる。左側には何かの絵画が描かれており、右側にはその絵画に関する解説が書き記されている様だ。

 一見して普通のページであり、特に何かある様には見えない。だが俺の直感と魔力感知が、何の変哲へんてつもないページではないとささやいてくる。ローザさんは右手に魔力を込めて、左側のページの真ん中に掌を当てる。そして、そのまま右手を右側のページへと持っていき、同じ様に掌をページの真ん中に当てる。すると、左右のページの真ん中を中心にして、ジワジワと魔法陣がページに浮かび上がってきたのだ。左右のページに浮かび上がってきた二つの魔法陣は、ローザさんの魔力に反応して輝きながら同時に発動する。

 発動した魔法陣の効果によって、本が仕舞ってあった本棚がゆっくりと静かに奥に向かって動き出し、本棚のあった場所に隠されていた扉が現れた。その扉には、ナターシャ魔道具店やアウレリア家の紋章である、ユニコーンと剣と杖の斜め十字が精巧に刻まれている。


「ほう、魔法を用いた隠し扉とはな。代々の‟ナターシャ”は、ローザ同様用心深かった様じゃの」

「この仕掛け自体は、初代‟ナターシャ”が作り上げたものじゃ。部屋の内装については、代々の‟ナターシャ”が手を加えているがの」

「ここから先に、儂らも入ってよいのか?」

「儂が、‟ナターシャ”が許可を出した者ならば問題はない。というよりも、今回招いたのはここにある物を見せる為じゃ。入ってもらわねば話が進まぬ」


 ローザさんは自分の魔力で鍵を作り出し、扉の鍵穴に差し込んで鍵を回して、扉にかけられた物理・魔法両方のじょうを開錠する。錠が開錠された扉は、執務室兼私室の扉と同じ様に開いていき、扉が開いた瞬間に膨大で濃密な魔力が流れ込んできて、全身の肌がビリビリと震えて反応する。


(これ程の魔力を感じさせるなんて、一体この先には何があるんだ?)


 そんな事を思いながら、俺は開かれた扉を通った。扉の先には下へと向かう階段が続いており、目的地が地下にあるという事が示されていた。この先に何があるのかを色々と予想しながら足を進め、階段を降り始めてから数分後に、大きく開けた空間へとたどり着いた。そして、たどり着いた先にあったものを見て、あれ程の魔力が流れ込んできた事に納得した。


「なる程の。これらの品物が一箇所いっかしょに集まっておるのならば、あれ程までの魔力を放つのも納得じゃな」

「まあ、そうじゃろうな。ここに置かれているものは、代々の‟ナターシャ”が趣味などで作っていた私物じゃ。故に表に出す事も売りに出す事もせず、この‟ナターシャ”の工房に置かれ続けているという訳じゃ」

「ほう。ここがローザが常々自慢しておった、アウレリア家が培ってきた魔道具に関する情報の全てがある場所、代々の‟ナターシャ”が受け継いできた工房か」

「そうじゃ。長き歴史を持つアウレリア家の、‟ナターシャ”が積み上げてきた全てがここにある、アイオリス王国一の魔道具工房じゃ」


 扉が開いた瞬間に膨大で濃密な魔力を放っていたのは、代々の‟ナターシャ”が作り上げた魔道具だったのだ。並べられている魔道具は、手前から順に新しい物となっており、奥に向かって行く程に年代の古い物になっていく様だ。年代の古い物になっていけばいく程、魔道具から放たれる魔力の質が高まっており、魔力量も新しい物と比べて膨大だ。

 そして初代や二代目などの‟ナターシャ”が作った魔道具は、アイオリス王国魔法文明がまだ今よりも未熟であった時代であるにも関わらず、後の時代の‟ナターシャ”が作った魔道具たちよりも隔絶かくぜつした代物であると見ただけで分かる。カトリーナやローザさんの先祖である初代や二代目の‟ナターシャ”が、他の魔法使いたちを大きく突き放す超一流の魔法使いであり、尚且なおかつ超一流の魔道具師であったかという事を改めて理解した。

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