第191話

 四連戦の初戦の相手は、驚くべき事に、いきなりトップであるアルベルト殿下が出てきた。これには陛下や王妃も驚き、予想外だった様で動揺が激しい。陛下や王妃の頭の中では、アルベルト殿下が出てくるのは最後だったはずだ。当然俺もそう思っていたし、観客にいる人たち全員もそう思っていた事だろう。予想外の事にざわめく観客たちを気にする事なく、アルベルト殿下は堂々と胸を張りながら、決闘の舞台となる闘技場内に歩みを進める。

 そんなアルベルト殿下と側近たちは、今回の決闘に合わせて防具や武器を新調したとの事で、貴重な素材が多く使われているというのを、ローザ様やラインハルト王弟殿下から聞いている。真っ白に金のラインが入っている軍服の様な服を身に纏い、要所を守る金属部分には、ファンタジー世界で有名なミスリルがふんだんに使わている。ミスリルは魔力や魔法と非常に相性が良いのもそうだが、他者の魔力や魔法に対しても防御力が高いので、防具や武器の素材としては非常に優れている金属だ。

 さらに、両脚に履いている革のブーツには高ランクの魔物の皮が使われており、こちらも魔力の通りが良い優れた一品だ。一流の職人たちが持てる技術を注ぎ込み、時間をかけて作り上げたものだというのが、見ただけで分かる素晴らしいブーツだ。こうして全体的に見てみると、腰に差している木剣が非常に浮いて見える姿だ。


「これらは、今回の決闘の為に用意させたものだ。素材から職人まで一流のものを取り揃えた、全てにおいて最高の防具だ」

「そうですか」

「…………まあいい。では、サッサと始めて、サッサと終わらせよう」

「それでは、両者位置についてください」


 審判を務める男性の指示に従い、俺とアルベルト殿下が一定の距離を取る。アルベルト殿下は腰に差していた木剣を抜き放ち、左脚を一歩前に出して腰を落とし、両腕を上げて顔の右横で木剣を水平にして構え、切っ先を俺に向けてピタリと静止する。

 対する俺は、全身から無駄な力を抜き去り、自然体のままに無形のくらいをとる。右手に持つ木剣の切っ先は下を向いており、傍から見ると不真面目な態度に見える事だろう。現に、目の前にいるアルベルト殿下の全身から怒気が溢れ出し、顔も怒りに歪んでしまっている。


「ウォルター殿、構えなくてよいのですか?」

「ええ、問題ありません。これが俺の構えです」

「貴様!!ふざけているのか!!」

「ふざけていませんよ。俺と殿下の戦いに対する考え方が違うだけです。……どうぞ、始めてください」

「……分かりました。それでは、――――始め!!」


 アルベルト殿下は、決闘の開始の合図と同時に身体強化の魔法を発動し、怒りに身を任せながら一直線に俺に向かって距離を詰めてくる。それに対して、俺はスーッと右腕を上に上げて、上段から目にも止まらぬ速さで木剣を一気に振り下ろす。すると、振り下ろされた木剣の剣身から真空の刃が生み出され、地面を大きく切り裂きながらアルベルト殿下へと迫っていく。

 急速に迫りくる真空の刃に対して、アルベルト殿下は急減速しながら進む方向を変え、十分に余裕を持って避ける。避けられた剣撃は、そのまま勢いよく地面を切り裂きながら進み、闘技場の壁に激突して消える。闘技場の壁には大きな切り裂き傷が刻まれ、それを見たアルベルト殿下の顔から笑みが消え去る。俺は、再び木剣を目にも止まらぬ速さで振る。今度は縦の剣撃だけでなく、水平や斜めの角度の剣撃を幾つも放ち、簡単には避けられない様にする。真空の刃の威力を知ったアルベルト殿下は、魔力障壁を活用しながら必死になって真空の刃を対処しつつ、少しずつ前に向かって前進してくる。そして遂に、アルベルト殿下は俺を射程圏内に捉えた。


「オォオオオオ――――!!」


 アルベルト殿下の魔力が一気に高まり、前方に赤い魔法陣を展開して発動させ、真っ赤に燃える巨大な炎の球体を放ってくる。膨大な魔力によって高温に高められた炎は、空気を燃やしながら勢いよく俺に襲い掛かってくる。そんな巨大な炎の球体に対して、木剣の剣身が壊れない様に調整した攻勢の魔力を纏わせて強化し、ゆっくりと縦一線に振り上げる。巨大な炎の球体は左右に真っ二つに切り裂かれ、俺の左右を通り過ぎながら燃え尽きた様に消えていく。

 そして、その数秒の間を見逃さずにアルベルト殿下は前に出て、木剣を上段から振り下ろしてくる。俺と同じく剣身に魔力を纏わせて強化した、重く鋭い力強い一撃だ。そんな一撃に対して、剣身に纏わせていた攻勢の魔力を守勢の魔力に切り替え、真正面からその一撃を受け止める。


「ハァアアアアアア!!」


 至近距離で魔法を使いながら、様々な方向から木剣を振るってくる。放たれた魔法の全てを切り払い、振るってきた木剣の剣撃の全てを受け流していく。暫くの間その状況が続いていたが、アルベルト殿下の息や魔力が少しずつ乱れていき、魔法や剣撃の精度や威力が減衰していく。そして、この一連の攻防の最後の一撃を放って一旦距離を取った時、アルベルト殿下は何かに気付き、顔を少し青褪めながら後ろに後ずさる。


「……そんなバカな。…………ありえない」

「どうしたんです?まだ決闘は続いてますよ。それに俺は、


 俺の告げた衝撃の内容に、アルベルト殿下のみならず、闘技場内にいる人たちの動きが完全に停止した。

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