誰もシナリオを知らない、乙女ゲームの世界

第55話

　あの混沌の空間を生み出したゴブリンたちの戦闘から数戦後、俺たちは引率の先生と共に何層か下の階層へと降りていた。今までの階層では低ランクの魔物ばかりだったが、この辺りの階層からは、一つ上の進化個体である上位種がチラホラと混じり始める。

　初心者向けのダンジョンであると言っても、上位種が出ないわけではないし、命を落とさないわけではない。魔物は狡猾であり、人類の命を奪う事に対して躊躇（ためら）う事は一切ない。一瞬の油断や低ランクと見下す傲慢があれば、早々に喰われる事は確実だ。

　引率の先生が前を向いて戦闘体勢をとったまま、俺たちに油断なく警戒を怠らない様にと厳しく忠告する。

「いいか、ダンジョンとは基本的に捕食者だと思え。魔物のドロップ品や宝箱と言った甘い蜜を用意し、欲深い者たちを下へ下へと誘い込み、逃げられない所まで到達したら隠していた牙で襲い掛かってくる。そして、喰らった者たちの血肉を養分として成長し、より難度の高いダンジョンへと生まれ変わっていく」

　そこで先生は一息吐き、俺たちの反応を感じながら、続きを話していく。

「つまりだ。今はここも初心者向けだと言われていても、何年・何十年後には中位冒険者や高位冒険者たちしか潜れない、高難度のダンジョンになっているかもしれんという事だ。そして、高難度のダンジョンへと至る為に、今も成長中である可能性もあるという事でもある。十分に気を引き締めるように」

『はい!!』

「では進もう」

　次々と現れ襲い掛かってくる魔物たちを、全員の一糸乱れぬ連携でもって殲滅していく。その戦闘の中で遭遇した上位種には、ゴブリンアーチャーやゴブリンメイジ、それからゴブリンソルジャーやゴブリンアサシンなど、多種多様なゴブリンたちがいた。それ以外にもコボルトやスケルトンなどの魔物も現れ始め、このダンジョンの隠された牙が徐々に見え始めてきていた。

「正面!!ゴブリンメイジたちから魔法が飛んでくるぞ!!盾持ちの者たちは、身体強化を維持しつつ前へ!!それ以外の者たちは、盾持ちの者たちの死角を守ってやれ!!」

『了解!!』

　先生から飛んでくる指示に従い、盾持ちの同級生たちが前に出て横一列に並ぶ。その盾持ちの同級生たちを守るために、俺たち盾を持たない者たちが周囲を見渡しながら伏兵を警戒する。

『グギャギャ!!』

　ゴブリンメイジの持つ木製の杖の先端に、炎の球体が生み出されていく。そして、ゴブリンメイジたちはタイミングを合わせて、炎の球体を一斉に放ってくる。それと同時に、ゴブリンアサシンたちがスーッと存在感を消して、先生目掛けて音を消しながら駆けてくる。

（大量の炎の球体を目くらましにして影に潜み、俺たちの大将である先生の首目掛けて一直線か。中々に知恵が回るし、良い連携をしてくるな。だが……）

「そう易々と、大将首が討ち取れると思うな」

　飛んできた炎の球体を防ぐ盾持ちの同級生たちを背にしながら、身体強化した身体で一気に加速して地を駆け、先生へと向かっていくゴブリンアサシンに急接近していく。そして右手に持つ剣を一振り一振り高速で振るっていき、ゴブリンアサシンの首を切り落としていく。

「流石だ。ウォルターも、他の者たちも」

「当たり前ですよ。先生たちの教え子なんですから」

　俺の言葉に、先生はニヤリと笑って応える。それもそのはずで、俺が一人でアサシンゴブリンたちを殲滅すると同時に、ジャンやマークたちもゴブリンたちを殲滅させていたからだ。まああの程度の相手、皆の実力なら余裕だっただろうな。