第11話

 俺はこの十七年、この世界が普通のファンタジー世界だと思っていた。辺境にはあまり王都の情報はこないし、親父たちも興味がない事から、積極的に情報収集はしていない。なので、十五歳で王都に初めて来てから、王子たちの名前や公爵家の名字を知ったくらいだ。

 あの合同訓練の時からずっと、公爵令嬢のイザベラ嬢と男爵令嬢のクララ嬢に対して、何か引っかかるものがあった。その引っかかりの正体が、今になって判明するとは……。設定としてだけ見れば、まんま悪役令嬢とヒロインの構図と一緒じゃないか。転生者という大きな要素に気を取られて、その辺りの事に意識が向いていなかった。


「じゃあ、マルグリットの取り巻きと、ローラ本人とその取り巻きが手を組んで、ナタリー男爵令嬢に対して嫌がらせしてるって事なの?」

「はい、その様です。しかもそれらの行為を、マルグリット様が主導しているかの様に触れ回っています。その事がアルベルト殿下の耳にも入り、ますますマルグリット様に対して嫌悪感を募らせているみたいです」

「それに加えて、ローラ……様も上手く立ち回っており、決して自分たちの犯行であるという事を露見させず、アルベルト殿下やその側近の方々には隠し通せている様です」

「アルベルト殿下は勿論、側近の坊やたちは、ちゃんと情報の裏どりをしてるの?」

「いえ、特にそういった指示を出されている様子も、自らが動いている様子もありません」


 クララ嬢の答えに、アンナ公爵夫人はアルベルト殿下やその側近に対して、呆れた様に深いため息を吐く。これに関しては、俺もアンナ公爵夫人に完全に同意だ。何の権力も持たない平民の生徒ならまだしも、第一王子であり王太子でもあるアルベルト殿下なら、その力を上手く使う事で、真実を暴き出す事など容易なはずだ。

 そして、アルベルト殿下の側近である者たちも皆高位貴族の子弟であり、その影響力は強大なものだ。そんな側近たちが協力すれば、アルベルト殿下同様に、簡単に真実を見つける事が出来るはずだ。

 しかしイザベラ嬢やクララ嬢の話を聞く限りでは、アルベルト殿下や側近たちはローラとやらの策略に見事にはまり、ロクに調べる事もせず、マルグリット嬢の仕業であると断定してしまっている様だ。


「それで、実際に被害を受けているナタリー男爵令嬢の方はどうなの?」

「決して心折れる事なく、屈する事もなく、学院に通っています。それに中々聡明で、頭が切れるみたいですね。自分に嫌がらせしている人物がマルグリット様ではなく、ローラ様か、それに近しい人物なのではないかと疑っているみたいです」

「へぇ~、中々ねその娘。男爵令嬢にしておくのが勿体ない程ね。…………いっその事……」


 アンナ公爵夫人が、チラリと俺を見てくる。俺は何故見られているのか分からず、首を傾げるしかない。そしてアンナ公爵夫人は、イザベラ嬢やクララ嬢にアイコンタクトを向ける。アイコンタクトを向けられた二人は、アンナ公爵夫人に頷いて返す。


「もしかしたら、もう一人増えるかもしれないわ。それでもいい?」

「お母様、手綱はしっかりと握るから大丈夫よ」

「はい、任せてください」


 三人共、俺に詳しく教えてくれそうにはない様なので、教えてくれるまでは待つ事にしよう。何時かきっと、教えてくれる日が来ることを願って。


「イザベラとクララは、それぞれの娘と接触してみてちょうだい。ゆっくりと時間をかけて、人となりからなりまで調べてみて。その後で、実際に会ってみましょうか」

「「はい」」

「それからウォルターさん、我が家は貴方の来訪を何時でもお待ちしておりますので、気軽に遊びに来てくださいね」


 アンナ公爵夫人の顔は優雅に微笑んでいるものの、その背中からは、イザベラ嬢と同じく龍の幻影が浮かび上がっている。その龍の幻影は、イザベラ嬢の龍の幻影よりもさらに迫力があり、決して断ってくれるなよと、もの凄い圧を放ってくる。


「…………はい、分かりました」


 放たれる圧に逆らう事は出来ず、俺は素直に降伏を示す事しか出来なかった。

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