第61話 洋介
「昨日はだいぶ勉強したけど、疲れてない?」
「ああ。英語だけ重点的にやったからな」
放課後、互いにテスト勉強についての会話をしながら、俺は同じクラスの横山さんと一緒に文芸部に足を運ぶ。
失礼ではあるが、こんな真面目な会話を横山さんとするとは思っていなかった。出会った当初に比べると随分丸くなったし、最近ではクラスでも無愛想な態度を取る事は少なくなって来た。
少しずつではあるが、彼女も変わろうとしているのだ。
「……なにニヤけてんだよ、三笠」
すると、怪訝な表情で横山さんにそう聞かれた。どうやら思った事が表情に出ていたらしい。
「いや、出会った頃とは随分変わったなって。あの時はずっと咬み殺す様な目で見られてたから」
「……何だよ、変わっちゃ悪いか?」
不服とも、不安とも取れる微妙な表情で横山さんはそう聞いてくる。
「いや、寧ろ嬉しいよ。そっちの方が俺はいいと思う」
まあ、あのツンケンとした横山さんも悪くは無かったが、今の横山さんは徐々にではあるがクラスの中心にいた頃に戻りつつあるのだと思う。
思った事がすぐ態度に出る性格だが、快活で可愛らしい一面もあるのは、ここ1ヶ月ほどでかなり見えて来た。
「……そっか、良かった」
一言、それだけ言うと横山さんは少し顔を赤くして俯いてしまう。
そんな素直な態度も、今まで尖った態度ばかりを見てきたからだろうか、余計に可愛らしく見えた。
「なあ三笠、ちょっと聞いていいか?」
すると、少し俯いたままで、横山さんにそんな事を聞かれる。
「うん?何?」
「えっと……その……」
もじもじして、どこか言いにくそうにする横山さん。前にもこんな光景を見た気がする。喋り出すのを少し待っていると、意を決した様に横山さんは口を開いた。
「叶恵の事、どう思う?」
期待する様な、それでいて不安そうな何とも言えない表情で横山さんはそう聞いてくる。
「どう思うって……どう言う事?」
対して俺は、質問の真意が分からなかった。どう思うとは、叶恵の人間的なところをどう思うかと言う事だろうか?それとも、あいつの頭の悪さの事を指しているのだろうか?
「……それは……えっと、そうだな……お、幼馴染として、三笠は叶恵の事どう見てる?」
そう返して来た横山さんは、必死に言葉を選んでいる様に感じた。
「うーん、幼馴染としてかぁ……」
対して俺は顎に手を当てて、少し考える。こう言う質問は何回かされてきた事があるが、明確と言ってコレと言うものは無い。
しかし、一つだけ言える事があった。
「……なんて言うんだろ?一言で言うなら、"放って置けない"かな?アイツは誰かが面倒を見てやんなきゃ、潰れるタイプの人間だから」
「………ふーん」
俺がそう答えを出すと、横山さんは意味深な口調でそれだけ返した。
……色々勘繰っている様子だが、そう言う関係では無いぞ?
「はぁ……叶恵は羨ましいな……」
すると、深くため息をついて、残念がる様に横山さんはそう言う。
「?、何が?」
理由も分からなかったので、俺は純粋に疑問を横山さんにぶつける。
今の話に羨ましい要素は無かったと思うが……
「何でもねーよ、朴念仁」
しかし、はぐらかす様にそんな返事だけ返って来た。何だよ、朴念仁って……
「それより、もう着いたぞ」
「え?、あ、本当だ……」
続けて横山さんにそう言われ、俺はいつの間にか文芸部室の前に来ている事を自覚した。そんなに話し込んでいたのか。
扉の前に立ち2度ノックをすると、中から「どうぞー」と、いつもの篠塚さんの声が聞こえてくる。
それを聞いて俺もいつも通り文芸部室の扉を開けた。
中に居たのは、篠塚さんと叶恵の2人。
昨日いた三島さんはいない事が確認できた。
「あれ?、今日は三島さん来ないの?」
違和感気づき、俺はすぐさま叶恵に確認してみる。
「うん、もう大体分かったからいいんだって」
すると、三島さんからの伝言なのか、叶恵の口からだいぶ曖昧な理由を並べて来た。
「なんじゃそりゃ」
昨日の様子を思い出してみると、あまり勉強している様子は無かったのだが、何が分かったのだろうか。
「まあともかく、今日もやるぞ。昨日、帰ってからちゃんと復習したか?」
「……もちろん」
俺の問いかけに、目を逸らしながらそう返してくる叶恵。相変わらず分かりやすくて助かる。
「やっとけっつったろーが。復習しないとそのは覚えた内容だいぶ忘れるぞ?」
「わ、分かってるけど……」
叶恵も俺に嘘は通じないのが分かっているのか、バツが悪そうにそう言う。
はぁ、……本当、面倒くさい幼馴染を持つとこちらが大変だ。
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