第60話 叶恵
私、和泉叶恵は、早起きが苦手だ。元々低血圧気味であるし、それに加えて今はテスト休みでテニス部の朝練も無いので、運動をして目を覚ますこともできず、目が覚めないまま登校する。
すると、まだ寝足りないので、朝のHR前では死人の様に机に突っ伏しているのだ。
クラスでは優等生で通っている私だが、この時間帯だけはどうにもならない。
「おはよ、叶恵」
そんな死体に構わず、誰かから挨拶される。
「……おはよ。優花里ちゃん」
まだ眠い目を擦りながら顔を上げると、優花里ちゃんの姿があった。
もうバッチシ目が覚めている様で、未だに血行が行き届いていない真っ白な私の肌色とは違い、血色がいい。
「相変わらずこの時期の朝は死んでるわね」
「……分かってるなら、もうちょっと配慮して欲しいなー」
この高血圧人間には、私の様な朝よわよわ人間の気持ちなど分からないだろう。
「いつもこうやって声掛けて起こしてあげてんでしょ?寧ろ感謝しなさいよ」
「……自分で起きれるし」
まるで自分の母親の様な小言を言う優花里ちゃんに対し、私はそれだけ返す。
まあ、優花里ちゃんに朝こうやって話し掛けられる事で授業までには目が覚めるのは確かだ。
「それより優花里ちゃん、今日も一緒に勉強するの?」
優花里ちゃんと喋って、ようやく頭が回り始めた私は、そんな事を聞く。
何故優花里ちゃんが昨日一緒に勉強したのか?、それはテスト期間に入る直前まで遡る。
その日、凛ちゃんからメッセージで、『一緒に勉強するなら、文芸部室を借りないか』との通知が来た。
彼女が文芸部員になったのは知っていたので、狭い洋介の部屋よりも広い部室が良いだろうと思い、私も『良いよ』と快く返信をした。
そして、この話を優花里ちゃんにしたら、『私も一緒に勉強して良いか?』と言われたのだ。
どうやら最近私が洋介の事で悩んでるのを見て、その悩みの種がどんな男なのかを知りたくなったらしい。
少し躊躇したが、まあ優花里ちゃんなら大丈夫だろうと思い、私もOKを出した。
「うーん、もういいかな?やっぱ心配無さそうだったし」
優花里ちゃんは少し考える仕草をして、そう言ってきた。
私の中ではまだ心配だらけなのだが……
「……そんな顔しないの。……でも、もたもたしてたら取られちゃうかもね?横山さんはやっぱ三笠くんのこと興味あるっぽいし」
「やっぱ心配あるじゃん……」
安心させたいのか、不安にさせたいのかどっちかにして欲しい。
つまり優花里ちゃんが言いたいのは、今はまだ私が有利だが、もたもたしていると凛ちゃんに取られるぞと、言いたいのだろう。
「それに……」
すると、優花里ちゃんは顎に手を当てて深く考える仕草をする。
「そ、それに?」
私は不安な表情を隠さずにそう言う。まだ何かあるのだろうか?
「……私の予想が正しければ、あの時一緒にいた篠塚さんも怪しいと思うよ?」
「……え?」
優花里ちゃんの発言に、私は大きく目を見開く。注意すべきは凛ちゃんだけだと思っていたので、かなりの衝撃を受けていた。
「あの子、自己紹介で1年の頃三笠くんにいっぱいお世話になったって言ってたでしょ?」
「う、うん。そうだけど……」
「じゃあ、分かるわよね?」
「…………」
皆まで言わせるなと言う風な優花里ちゃんに、私は言葉を失ってしまう。
想像は、したく無いが容易に出来てしまった。篠塚さんが洋介に惚れる理由も、その要素も全て揃っている。
まだ確定では無いが、少なからず篠塚さんも洋介の事を意識しているのであると。
「……はぁ、ホント、三笠くんってモテるねぇ。まあ、あの性格ならそれも納得できるわ。私だって少し良いなって思ったもん」
「……あげないよ?」
心にもない事を言う優花里ちゃんに対し、私は深刻な表情でそう返す。
コレで親友にまで洋介を好きになられたらたまったものではない。
「私は勝てない勝負には挑まないタチなの。……それより叶恵、私から一つ忠告しておくよ」
「……何かな?」
真剣な表情になってそう言う優花里ちゃんに、私も少し身構えてしまう。
「どんだけ長い時間一緒に居て、お互いに理解し合ってても、言葉にしなきゃ伝わんない事ってあるわよ?」
再び、言葉を失ってしまう。私にとって優花里ちゃんのその言葉は、悩みの種の本質とも言えるものだった。
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