第30話 九月の雨

「傘、忘れた。」


外は雨だ。台風が近づいているとかで天気の急変の可能性を忘れていた。今日は模試のせいで土曜日登校で、バスが無い。電車を乗り継いで帰るから駅まで歩かなきゃならないし傘無しはまずい。教室の外を眺めながら、がっくりしてると、戸村に、


「タケちゃん、アレ使っちゃえ。」


と言われた。あーアレ。


 アレとは科学部所蔵の傘だ。ただの傘じゃない。一応発明品だ。降水量を測るために先頭にプラスチックのメスシリンダーが載っているのが1番地味かもしれない。盗難されにくいビニール傘と言う発明傘は何種類かあって、開くとおふだが出てくるのや、ビニール傘全面に目が無数に書かれているのから、さすと恥ずかしくなるでかいハートが先頭についたいわゆる相合い傘(1人でさすと虚しくて2人でさすとバカップルに見えるという)などなど。どれをさすべきか。


 目かな。前衛アート的な。


 戸村は雨足が軽いうちに自転車をかっ飛ばすと言って先に帰った。俺はゆっくりと傘を吟味して1人で昇降口へと向かった。学年、文系と理系、選択科目の違いで下校時間はまばらで閑散とした昇降口は雨空も相まって薄暗かった。と、傘立てを睨む蔵森さんに出くわした。久しぶりだ。


「久しぶり。」


声をかけてみた。もうあと何回姿を見れるかわからないからちょっとだけ勇気を出してみた。


「あっ」


こっちを見上げてそのまま彼女は固まった。


「傘?」


探してるの?まで言葉が出ないのが情けない。


「傘、多分、盗まれました。」


しょぼんという感じで下を向いた彼女に


「この傘、科学部のなんだけど使う?」


と思わず前衛アートを差し出した。


「平原さんは?」


「俺はもう一つ別の取ってくるから」 


「わ、私も一緒に行きます。」



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