第33話 憧れていた青春
初めて四人で過ごすと言っても、俺達が馴染むまでそう時間は掛からなかった。
弥織とスモモはもともと中学以来の親友だと言うし、スモモと信也も普段からよく話している。それに加えて、俺は信也や弥織──弥織に関しては本当にここ数日だけども──とも話すので、それほど初めて感がなかったからだ。
それに、同じクラスでもあるので、話題の共通点も多い。クラス担任の愚痴、教師の癖や気になる口癖、カツラ疑惑のある教師に課題について、話題となる事は尽きない。
俺はまだ弥織やスモモに関してよく知っているわけではないけれど、それでも二人の人柄については何となくわかっているつもりだ。
弥織は引っ込み思案なところがあって一見気弱なところがあるけども、実は芯があって、しっかりしている。スモモは一件ガサツでうるさいけれども、細いところまでよく人の事を見ていた。二人は全くタイプが違う人間だが、だからこそ相性が良いのかもしれない。
「それにしても、みーちゃんがこうして男子と一緒にご飯食べるなんて。長生きしてれば不思議な光景も見れるもんねー」
スモモが弥織を見て、何やら嬉しそうに言う。
それに対して、弥織はじぃっと責める様な視線をスモモに送ったが、スモモは気にしている様子もない。彼女の図太さを以てすれば、弥織の叱責など物ともしない様だ。
弥織は小さく溜め息を吐くと、お弁当にお箸を伸ばしていた。
「あ、確かに! 俺も初めて見たかも。その記念すべき会合に俺も参加できてるなんて、いやぁ、長生きするもんだなぁ」
「あんたはオマケだけどね」
「なんだと⁉」
スモモと信也がそんな口喧嘩を始めたので笑壺に入っていると、横の弥織のむすっとした顔が視界に入った。
「私だって……別に、
そして、独りごとの様にぽそっと呟く。
「男子とこうして過ごしたかった?」
ちょっと聞き捨てならなかったので、突っ込んでみた。
他に一緒に過ごしたい男子とかがいるのだろうか。
「え、やだ。声に出てた?」
独り言を拾われるとは思っていなかったらしく、弥織は恥ずかしそうに頬を染めていた。
どうやら、彼女的には声に出したつもりではなかったらしい。
「誰か特定の人ってわけじゃないよ? よく漫画とかドラマとかで見掛けるこういう光景に憧れてただけっていうか」
「ああ、そういう事か。それならわかるよ」
俺達がそんな会話を交わす中、スモモと信也は言い合いを始めた。
じゃれているのか口喧嘩をしているのかはわからないが、傍から見ていると楽しそうである。
「依紗樹くんも、憧れてた?」
「……憧れ? ああ、そっか。憧れか。なるほど」
彼女が憧れという言葉を使い、はっとする。
何だか俺は、さっきからこの四人で過ごす時間にどことなく心地よさを感じていたのだ。その心地よさの正体がわかって、思わず納得してしまった。
「え? どうしたの?」
俺が一人で納得していたものだから、弥織が不思議そうに首を傾げる。
「いや、ごめんごめん。多分、俺も憧れてたんだと思う」
昼休みや休み時間を男女混合のグループで過ごして、その中に気になる女の子がいて、少しドキドキしながら学校生活を送る──きっと、俺はこういう光景に憧れていたのだ。
これまでの俺の高校生活は、基本的に信也と過ごす以外に選択肢がなかった。それは一年の時から同じだ。
たまたま席が近くて喋り出した、この間谷信也という男。彼は、丁度良い距離感で俺と接してくれる。その距離感が心地よくて、俺の負担にならなかった。だから、自然と俺は信也と過ごす様になっていたし、敢えて他に友達も作らなかった。
その理由はもちろん、珠理だ。高校に入ってからは俺一人で珠理の面倒を看る様になり、その生活は中学の時よりも更に子育てに比重が掛かっている。それ以外のものは、謂わば邪魔だったのだ。
こうして友達と過ごす時間も、恋も遊びも、邪魔になる。
いや、逆か。それらがあると、いつか自分が珠理を邪魔だと思うのではないか──俺はどこかで、そんな気持ちを自分に抱いていたのだと思う。
「そっか。それで依紗樹くん、楽しそうだったんだ」
弥織が
「え、そう?」
「うん。なんだかちょっと笑ってる」
「まじか」
慌てて自分の頬に手を当ててみた。
「うわ、まじだ」
触れてみてわかったが、確かにちょっと口角が上がっていた。ずっと無意識ににやにやしていたかと思うと、ちょっと恥ずかしい。
「大丈夫だよ。私も同じだから」
「え? 弥織も楽しい?」
訊くと、彼女は上目でこちらを見て、こくりと頷いた。ちょっとだけ頬が赤い。
「それは、クラスの男子と一緒だから?」
重ねて訊くと、今度は首を横に振った。
「……依紗樹くんが、一緒だから」
今度は俺の顔から火が噴き出そうになった。もちろん、言った張本人も耳までまっかっかにしている。
女にそうまで言わせて、男が流していいわけがない。俺もほんの少しだけ本音を出してみる事にした。
「お、俺も」
「え?」
「俺も……弥織がいるから、楽しいんだと思う」
こんなにも自分の本音を話すというのは大変な事だっただろうか?
短い言葉であるはずなのに、それを言うだけで心臓が早鐘のごとく打ち鳴らされて、肋骨が軋むのではないかというくらい胸が痛かった。
「そっか……よかった」
彼女は安堵した様にはにかむと、視線を空へと移した。俺も自然と彼女の視線の先を追った。
春の空は青くて、高くて。それでいて、どこか甘酸っぱかった。
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