6-5 平和な世界

 プレスティジとの数十年に渡る戦争が幕を閉じた。

 誰もが望んではいたものの、実現しないと諦めていた出来事に、国中が驚きと歓喜に包まれている。


 ライアスは正式に国王の座に就いた後、以前、リアナーレが兄、ロベルトに提案した方向で、終戦への交渉に動いたのだ。


 会談は北のレクトランテ、南のオルセラを巻き込み四国間で行われた。

 立ち会っていたロベルト曰く、出席者一同、シャレイアンの若き国王に恐れをなしたという。一体、どんな脅しをしたのやら。


「リアナ様、旦那様の許可なく出掛けて良いのでしょうか?」

「大丈夫、大丈夫。もう狙われることもないだろうし、祝祭を楽しみましょ」


 リアナーレは町娘の装いで、密かに王宮を抜け出した。

 エルドを丸め込み、軍の施設の方に馬を用意させている。ルーラを乗せて久しぶりの乗馬を楽しむつもりだ。


 鼻歌交じりに馬小屋に向かうリアナーレだったが、出迎えてくれたのは馬でもエルドでもなく、穏やかに笑う青年だった。


「楽しそうだねリアナ。どこに行くつもりなのかな?」

「げっ、なんで!?」

「愛する夫に向かってそれはないんじゃない。傷つくな」


 ストレスの種である兄と戦争から解放されたためか、呪いが解けたせいか、セヴィリオは以前よりも表情豊かになった。

 良いことだ。ただ、心から笑っているわけではない時の雰囲気が、ライアスとよく似ており背筋が凍る。


「残念でしたー! ということで、後は旦那様に任せて、俺はルーラちゃんとデートさせてもらいまーす」

「きゃっ」


 裏切り者のエルドは後方から現れて、ルーラの手を引いて連れ去ってしまう。


「エルド〜っ!!」


 リアナーレは元部下の背中に向かって叫ぶも、彼は振り返ることすらしない。

 セヴィリオとエルドが仲良くなるのも考えものだな、と残されたリアナーレは夫の顔色を伺う。


 怒ってはいないようだ。彼も街へ行く装いをしているので、連れて行ってくれるつもりなのだろう。


「言ってくれれば良いのに」

「貴方は忙しいと思って」

「リアナの頼みならどうにか時間を作るよ。それとも僕といるの、そんなに嫌?」


 距離を詰められ、リアナーレはじりじりと後ずさる。


「嫌じゃない、けど……緊張する」

「昔は毎日のように一緒に遊んでいたのに、今更緊張するの?」

「いつの話をしているの」


 大人のお付き合いを知らない、子どもの頃の話だ。その頃のセヴィリオはリアナーレよりも背が低く、自信なさげな顔をしていて、愛らしかった。


 今のセヴィリオはリアナーレよりも背が高く、体つきも逞しく、格好良いという言葉が似合う。

 最近は血色が良くなったせいか、王子としての輝きも増してきたように思う。


 彫刻のように整ったセヴィリオの顔を直視できず、リアナーレは地面を見つめる。


「照れるリアナも可愛いよ」

「うるさい。私ばっか余裕ないみたいで嫌だ」

「僕だって、本当は緊張しているよ。でも、君といたいんだ」

 

 彼はリアナーレの手を取り、顔を擦り寄せた。一回り大きい男の手だ。

 セヴィリオを男だと認識する度に、リアナーレは緊張で固まってしまう。


「行こうか。収穫祭のリベンジをさせてよ。今回は絶対一人にしないから」

 




「は〜、お腹いっぱい。新鮮な海鮮って最高ね。セヴィー、次は武具を見に行きましょ! あと帰る前にパン屋に寄りたい。近くに美味しいところがあるの」


 バターとタレをたっぷりつけて焼き上げた大きな貝を平らげて、リアナーレはお腹を擦る。

 本当なら一緒にお酒を愉しみたいところだが、今の体では迂闊に飲むことができない。


「楽しそうだね」

「あ。私のことばかりでごめん。どこか行きたいところはある?」

「リアナの行きたいところが僕の行きたいところ」


 ソースがついていると言って、セヴィリオは指でリアナーレの口もとを拭った。

 折角緊張を忘れてたというのに、また変に意識してしまう。


「じゃあ、この前行ったお店」

「いいよ」


 素性を隠す必要がなくなったリアナーレは、平和な街の散策を思う存分楽しんだ。


 セヴィリオは嫌な顔ひとつせず、リアナーレの行きたい場所、やりたいことを優先させてくれる。

 剣など最早不要だというのに、お宝探しをしてしまうリアナーレにも、黙って付き合ってくれていた。


 ――私、本当に愛されているんだな。


「何? 僕の顔に何かついてる?」

「何でもない」


 リアナーレは雑多に積まれた防具の山へと視線を移す。大して防具に興味はないが、何かを探しているふりをした。


「あ」


 店に入ってきた人物を見て、リアナーレは思わず声を漏らす。白銀の髪に上品な佇まい。フォード=モントレイだ。

 彼もすぐこちらに気づき、軽く会釈をする。

  

「偶然ね。傷はもういいの?」

「はい。完全復帰です。その節は、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

「伯爵は悪くないのだから謝らないで。結果的に、あの件で大きな怪我をしたのは貴方だけだったし」


 セヴィリオがつけた刺し傷は深かったものの、迅速な処置ができたため、大事には至らなかった。

 呪いの紋章が傷つけられたお陰か、血が流れたせいか、彼は負傷とともに正気に戻り、誰かが死ぬという悲惨な結末は迎えずに済んだ。


 本来、仲間――それも王族に刃を向けたとなれば問答無用で処刑だが、セヴィリオは覚えていないと言い張った。冷酷王子はなんだかんだ、優しいのだ。


「ところで、総帥はリアナーレ嬢の正体に気づいていますよね?」


 フォードはセヴィリオを一瞥した後、リアナーレの耳元で囁く。気遣いのできる男なので、確かめるまではセヴィリオに聞こえると不味いと思ったのだろう。


「はい。長くなるので詳しい経緯については省きます」

「そうか。それは良かった。お幸せに」


 男は憑き物が落ちたような、晴れ晴れとした笑顔でそう言った。

 修繕のために預けていたという剣を受け取って、彼はあっという間に店から出ていく。

 

 フォードのことは、身体的、精神的、どちらの面でも心配していたので、リアナーレは元気そうな姿を見て胸をなで下ろす。

 

 セヴィリオは内緒話が気に入らなかったらしい。腕ごと切り落としても良かったのだがな、と物騒なことを呟いていた。




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