2-3 二人の兄

 相談会を開くようになってから二週間も経つと、リアナーレは占い業を国軍指揮官に次ぐ天職だと思い始めていた。


 以前のように剣を振るうことはできなくとも、国のため、国民のために何かをしたいというリアナーレの信念を貫くことはできる。


 これまでのところ、大きなトラブルもなく順調だ。但し、中にはリアナーレが手を焼く困った依頼主も存在する。


「聖女様ぁ〜、妹が、妹が、不甲斐ない私のせいでぇ〜」


 困った依頼主代表が、今目の前にいるロベルト=アストレイ公爵。リアナーレの実兄だった。

 昼間から酒臭い男は、ぼろぼろと涙を零しながら机に伏せて管を巻く。


「先日も同じことをお聞きしましたけど、相談というのは?」

「どうしたら立派な軍人になれるかな」

「無理です」

「どうしたら剣を振れるようになる?」

「遺伝子の選択からやり直さないと無理です。つまりは不可能です」


 リアナーレは昔から、甘ったれの兄に対して厳しい。当の本人はそれを喜んで、わざと尻を叩かれに来るきらいがあるので、リアナーレは態度を改めることはしなかった。

 

「聖女様、私に冷たくありません? まるで妹のようだ……うう、リアナーレぇ……」

「アストレイ公爵、貴方は外交分野で立派な働きをしています。志半ばで散った妹のためにも、戦争を止める方法をお考えください」


 自慢の父を亡くし、ついには最愛の妹を亡くし、流石に兄のことは不憫に思っている。 


 妹は生きていると慰めてやりたいところだが、彼がうっかり口を滑らせるタイプの人間であることを良く知っているので、リアナーレは心を鬼にして、今日も兄を叱咤する。





「お兄様、今日もぼろ雑巾のようでしたね」


 ロベルトが千鳥足で去った後、ルーラは机の上に残された水たまりを拭きながら言った。


「早く良い人が見つかれば良いのだけど、あの状態では難しそう」


 三つ上の兄は結婚していてもおかしくない歳だが、未だ独身だった。お付き合いをしている女性がいるとも、好きな女性がいるとも聞いたことがない。 

 兄妹揃って恋愛に縁遠いとは。アストレイ家の将来が不安である。

 

「そうだ。旦那様からお手紙が届いていましたよ」

「またか……」


 ルーラが丁寧に手渡してくれた封筒を、リアナーレは乱暴に破いて開封した。便箋まで少し破れてしまったが、中身が読めれば問題ない。


『愛しのリアナへ』


 セヴィリオは北部視察で不在の間、二日に一度のペースで手紙を寄こしていた。

 何か用事があるわけではなく、いかに愛しているかを綴ったラブレターだ。毎度『愛している』の文字で締められている。

 

 冷酷非道と名高い軍事総帥が、職務の合間に恋文をしたためている。その姿を想像をして、リアナーレはため息をついた。これは、リアナーレ宛ではなく、リアナ宛なのだ。


 それ故、リアナーレは一度も返事を書いていなかった。筆跡で別人だとバレることも避けたい。


「お返事、書かれますか?」

「いや、いい。今週中には帰るらしいから」


 二日前に受け取った手紙と、内容の違いは、『今週中、できるだけ早く帰る。会いたい』という情報が付け加えられている点だけだった。


「愛されてますね」

「リアナがね」

「そうでしょうか。旦那様は今のリアナ様を気に入られているように見えますが――」


 部屋の扉がノックされる。空のティーカップを下げていたルーラは手を止めて、首を傾げた。


「あれ。まだ来客の予定、ありましたっけ」

「いや、今日は兄で終わりのはずだけど」


 手紙の到着とさほど変わらずに、セヴィリオが帰ってきたのかもしれない。リアナーレは呑気に残ったクッキーを齧りながら考えた。


 重い扉がゆっくりと開く。ほら。部屋の主人であるリアナーレの許可なしに入ってこれるのは、彼くらいだ。


「こんにちは」


 齧っていたクッキーが口からぽろりと落ちる。リアナーレは慌てて姿勢を正した。


 背格好と、遠くから見た雰囲気だけはセヴィリオとよく似ている。しかし、軽く挨拶をして入ってきたのは、亡き王妃によく似たブロンドと、優しい顔つきの青年だった。


「で、殿下……?」


 リアナーレの声は緊張で裏返る。

 入ってきた人物が第一王子であることに気づいたルーラも、短い悲鳴を上げた。


「あはは、畏まらなくていいよ。君の義兄なのだから!」


 未来の国王は、口では楽にするよう言いながらも、聖女の素行を観察している。上から下まで、彼の粘ついた視線を感じた。


 リアナーレは何かを試されていると身構える。掴みどころのなく完璧なこの第一王子のことが、リアナーレは昔から大の苦手だった。

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