冷水×風邪

 頭から冷水を浴び続けるが、頭が冷める気配はない。

 いや、ずるいだろ。どう考えても思春期真っ只中の男が平静でいられるはずがない。


 もうかれこれ結構な時間浴びているけど全然一向に興奮が冷めない。ダメなやつだ、これはもうダメなやつである。


 初のことを考えてはいけない。何か気分が萎えることを考えよう。

 …………いや、何を考えても萎えないな。


 そんな風に風呂場で冷水を浴びながら悶えていると、脱衣所の方から新子の声が聞こえる。


「ヨクくーん、ずっとシャワー浴びてるけど大丈夫?」

「あ、新子……あー、すみません、もしかして新子も浴びようとしてたか?」

「ヨク君の前に浴びたよー。ずっと出てこないから心配になっただけ」

「あー、はい。もう出ます」


 もう冷水を浴びても興奮は冷めなさそうだ。新子が脱衣所から出た音を聞いてから脱衣所へと出たとき体から震えて「へくしっ」とクシャミが出る。


 ……あれ、めちゃくちゃ寒い。


 身体を拭いて服を着て初のいる部屋に戻ると、初は俺の方を見て不思議そうに首を傾ける。


「あれ……? 兄さん、顔色が悪いです?」

「……あー、なんか、身体冷やして」

「シャワーを浴びてなんで……? というか、大丈夫ですか? ちょっと……」


 初が心配そうに俺を見て、平気だと示すために軽く手を上げようとした瞬間ふらりと足がもたつく。


「あれ?」と思っているとそのまま体を上手く動かすことが出来ず倒れかけて、初がパッと俺の手を握り、それが支えになって体勢を立て直す。


「……あれ、なんかおかしいな」

「疲れて居るんですか? ……昨晩遅くまで付き合わせたのに、今日も朝から……えっと、寝室に行きますか?」

「あー、そうか、疲れているのか。


 まぁすぐに寝れる場所で話せばいいかと思って移動して、ベッドの上で少しの間二人で話をしていると少しずつ身体があったまっていき……体温が戻ったと思ったらそのまままだ上がっていく。


 体温はむしろいつもよりも熱いぐらいのはずなのに

 身体は寒くなっていく。

 話をしていた初は俺の顔を見て心配そうな表情をして口を閉じる。


「少し寝ますか?」

「あ……そうだな。少し疲れているのかもしれない。ごめんな」

「いえ、あ、一緒に寝てもいいですか?」

「いいけど……その格好は」

「あ、パジャマに着替えてきます」


 初はパタパタと部屋を出ていき、俺はそのままベッドに横になる。そう言えば今日はあまり体調が良くなかったな……と思いながら目を閉じる。


 初が戻ってくるよりも先に、俺の意識は薄れていった。




 もぞり、と腕の中で何かが動く感触。どうしたのかと思って目線を下にすると初が俺の胸にしがみついていた。


 かわいいなと思いながら窓の外に目を向けると既に日は落ちていて、飯を食わないとと思って体を起こそうとして気がつく。


「めちゃくちゃ身体が怠い。……というか、これ」


 鼻が少し詰まっていて、喉の奥にイガイガとした不快な痛みがある。


「……風邪引いた」


 感じる頭痛と倦怠感。……やらかした。


「あ、ヨクくんおはよ」

「新子さん……もう夜は食べました?」

「いや、まだだけど……あれ、鼻声だし、顔も赤い……ちょっと動かないでね」


 そう新子が言ったあと、自分と俺の前髪を挙げてぴたりと額をくっつけさせる。

 新子の顔があまりに高いことに驚くが、新子が俺を押さえていて身体が動かずににげられない。


 目の前に可愛い女の子の顔が、唇が触れてしまいそうな距離にあることにドギマギとしていると新子が口を開く。


「……すごい熱くなってる。風邪だね」

「……熱の半分は別の要因だと思いますが」

「疲れてるところを無理させすぎちゃったかな……」


 新子が責任を感じたように口を開き、俺は慌てて首を横に振る。


「いや、さっき長時間冷水を浴び続けてたからだと思うんで、新子さんは関係ないです」

「長時間冷水を……なんでそんな修行僧みたいなことを……?」

「……あ、それは置いといて。まあ、それのせいなので」


 それでも新子は責任を感じているのかパタパタと立ち上がって俺に言う。


「ちょっと色々買ってくるね」

「あー、いや、自分でいきますよ。というか、新子の血とかじゃ治らないのか?」

「何で病人が行くの……寝てなよ。私の血肉はウイルスとか細菌とかも元気にしちゃうから風邪の治療には向いてないかな。役に立たないわけじゃないけど」


 着いて行こうとすると新子に押されてベッドに戻される。


「ほら、休んだ休んだ。……本当に何であんな長時間水を浴びたの……」

「いや……その……初があまりに無警戒で……こう、我慢するために頭を冷やそうと……」

「ええ……」


 新子は呆れた表情を俺に見せて「はあー」と息を吐く。


「我慢するのはいいと思うけど、方法を考えるとか加減するとか……」

「……はい。初があまりに可愛くて」

「もー、まぁヨクくんと思春期だし多少は仕方ないと思うけど……ちょっとずつ発散するとか」


 小さい女の子にこうやって叱られるのは何か恥ずかしいものがあるな……。


「発散と言っても、初にそんなことをするわけには」

「いや、何かそういうものを買ってとかさ」

「ああ……そういう」

「もう、コンビニ行ってくるけど、何か欲しいものある?」

「いや、新子さんの見た目だと買えないだろ。それに好みを伝えて買ってきてもらうのは流石に……」

「エッチな本ではなく。食べ物とか」


 ああ、そっちか……食欲はない。疲れが出たのか思ったよりも体調は悪くどこか苦しい。

 正直なところ、何も食べたくない。と思いはするがそう答えたら叱られるだろうことは目に見えていた。


「……じゃあ、手で持って食えるようなものを。菓子パンとか」


 新子は俺の言葉を聞いて仕方なさそうに息を吐いた。


「おうどんとかは?」

「箸使うの下手なんで」

「お粥とかならスプーンとかで食べれるよね」

「ええ、まあ」


 そう話をしてから新子は出て行く。

 呆れられただろうか。そりゃこんなアホな理由で風邪引いて面倒かけたらなぁ。


 ……初に移したら悪いのでソファとかで寝るべきだろうか。起きあがろうとするが、初にギュッと服を握られていたので諦める。

 ……仕方ないか。

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