報告×アホ
椅子は新しく買った方がいいな。
椅子以外も、基本的にこの場所は多人数で使うことを意図していない作りなので色々と買い足した方がいいだろう。
「それで、強力な魔物って?」
「全体的に強かったのと、スクワット侍……現代の武道場にいたお侍さんと、迷宮災害期の時間帯にいたドラゴンは飛び抜けていたね」
「スクワット侍……?」
「うん。めちゃくちゃ高速でスクワットするお侍さんだよ」
「それ強いの……?」
強かったよ。うん。たぶん、俺はずっと見ていただけだが……激戦だった、感動した。
「そっちのお侍さんはスクワットしすぎて倒れたんだけど、ドラゴンの方はちょっと対応が難しいかも。食べられたら不死身でも身動き出来なくなるから、マトモに対応出来るのはヨクくんぐらいでさ」
「ん、んん……? えーっと、まぁ事情は分かったかな。予定通りとはいかなかったから、退却したって認識でいい?」
「ああ、無理に突破するのはリスクとリターンが割に合っていないと判断した。ゆっくりと安全に気を使って進めばそれほどではないだろうが……」
問題はツツがどう考えるかだ。
一番の目的である自身の身の安全の確保が上手くいかなかったことで不安に思う可能性はある。
視線をツツの瞳に向けて様子を伺うと、彼女はこてりと首を傾げる。
「そういえば、新子ちゃん服変わってない? 制服? ……あっ、ヨクくんの趣味か!」
「何でそう思ったんだよ。違うからな、初、違うぞ」
初にじとーっとした目で見られて慌てて否定する。新子は仕方ないなとばかりに笑ってツツに目を向ける。
「スクワット侍にお腹のところで真っ二つにされちゃって、身体はすぐにくっついたんだけど服はどうしようもないから」
「服が着れなくなったから……それでヨクくんの趣味に合わせて制服ってことか」
「そういうことだね」
違うぞ?
まぁツツはあまり気にしてはいないようで安心だ。
「わー、まあ事情が事情だし、私のために無理をさせるわけにはいかないから仕方ないね。でも、このままこっちに留まっているのは危ないしなぁ」
「少し気になったんだが、何でお前が探索者資格を取ろうとしたことがバレてるんだ?」
俺が尋ねるとツツは軽く首を傾ける。
「……どうして?」
「お前、あの時制服だっただろ。普段の服装は今みたいにボーイッシュな感じで私服の方がよほど動きやすそうだ。そうなると、学校に行くフリをして出てきたってところだ。親も知らないような状況なのにバレてるのが妙だと思ってな。まさか突発的に殺そうとしたわけでもないだろうに」
ツツは少し考える仕草を見せた後、近くに置いていたレジ袋からお茶を取り出す。
「正直なところ、よく分かってないかな」
「よく分かっていないなら、よく分からないことを話さなかった理由は?」
「ヨクくんの存在があまりに都合良かったから、仲良くなるのに邪魔な話はしたくなかったのかな。……不思議だけど、自分でもあんまりよく分からないや」
「……まぁ、不確定なことを増やして無駄な議題を増やすのが嫌というのは分かる」
まぁそれも追って話をすればいいだろう。
深く息を吐いたあと、初の方に目を向ける。
「悪いんだけど、俺も服がボロボロになってるからホテルの方から取って来てくれないか? あと身体が拭けるものも」
「あ、はい。……えっと、私が取りに行ってる間に変なこととかしないですよね?」
「するわけないだろ……」
初が出て行ったのを見てからツツと星野に目を向ける。
「とりあえず、こっちの方にいると安全の確保が難しいから、自宅には戻らずに俺達の引っ越し先に来てもらっていいか?」
「私はいいけど……住むところあるの?」
「……大家さんに頼んでみる。部屋は余ってるはずだしな……子供が借りたがるというと嫌がられるかもしれないが……父親からの許可は得られるんだったら、父親に頼んだ方がいいな」
「でも、それもすぐってわけにはいかないよね?」
「しばらくはそのままここに住めばいいだろ。布団とかぐらいは用意する」
「なんか逃げ隠れる生活みたいだね……」
「実際そうだしな」
ツツは少し気落ちした表情を浮かべてから俺を見る。
「んー、それでわざわざはっちゃんを遠ざけた理由は?」
「ここに入ったことがあるのは、多分初の両親と俺たち、それにかなり短期間だけウドってやつが入ったぐらいだ。調査内容を書き換えた可能性が一番高いのが……」
「私、もしくははっちゃんのお母さんだから、席を外してもらったってことかな」
「ああ」
「……まぁ、それは研究とか調査を精査するしかないかなぁ。地道にやるのが一番だよ」
「意外だな。病人を助けたいんだろ」
「面識が全くないから、そこまでのモチベーションはないよ。……ん、あと、少し気分が落ち込んできたからさ」
ああ、落ち着いたら色々と気疲れなどが出てきたのだろうか。
……全体的に、俺を含めて精神状態が不安定だな。……色々とあったのに急きすぎたということだろう。
「新子、どうするのがいいと思う」
「ん、深追いは諦めた方がいいか……それとも正規のルートというか試練の洞穴の方から向かうべきかなって」
「あまり現実的ではないな。……口惜しいが、完全撤退がベターか」
警察や迷宮の組合にはあまり期待出来ないが……仕方ない。少ないリターンのために大きなリスクをかけるのは得策とは言い難い。
そう考えていると、星野が口を開く。
「迷宮からの撤退は割と賛成だし、それと無関係に調査するべきってのも分かるんだが……。あの迷宮に行ったおかげで得られた情報はあるだろ」
「得られた情報?」
「ああ、あの迷宮にはヨクの親父以外が出入りしてるような形跡はなかった。迷宮の内部構造的に試練の洞穴と近いんだから組織だって行動するなら、逃げ道を複数探しておきたいはずだから、内部的に位置が近い浅層の迷宮は攻略しているのが普通だろ」
星野はツツからお茶を受け取り、口を潤してから俺を見る。
「しっかり計画立ってるってヨクも月も考えていたみたいだけど、本当にそうならちゃんと近場の浅層ぐらいは攻略してるだろ。……普通の奴はもっと考えなしに動くぞ」
「……つまり、割と突発的だったと」
「完全に突発的なものではないだろうけど、ヨクの考えているほど賢い連中ではないんじゃないか。アホよりというか」
「……そんなアホに出来るか?」
「指示系統が会社とかのちゃんとしたあと組織じゃなくて、ヤクザみたいなもんなんだろ。鉄砲玉は捕まっていいと思ってやらせてる可能性が高いと思う」
……いや、鉄砲玉って……流石に人を殺せばちゃんとした逃走経路がなければ逃げられないということぐらいは誰にでも分かるだろうし、いくらアホでも自分の逃走手段の確保ぐらいはちゃんとしているだろう。
星野の言葉を信じるとしたら……適当に迷宮を使って別のところに出たら警察から逃げ切れると思っているアホになるぞ。
呆れながら新子の方を見ると、新子はぶかぶかの袖から指先だけ出して頬を少し掻く。
「ん、んー……まぁ、ありえなくはないと思うよ? 楽観的な意見だと思うし、そんな雑な考えで人を殺す人がいるとは思えないけど」
新子の言葉を聞いた星野は首を横に振る。
「いや、ヨクは考えすぎだ。整合性のない相手の行動を深読みして、整合性があるように筋道を立てて推理してるんだろうが……今回のパターンはアホなだけだ。アホの考えなしのアホな行動を、整合性のあるものにしようとしてるせいでめちゃくちゃ強大な組織みたいになってるけど……多分違うぞ」
「いや、でも実際に試練の洞穴から進む道を見つけてる奴等なわけだしな」
「偶然発見したとかだろ。……案外、すぐに捕まると思うぞ」
いや……それは流石に敵を見くびりすぎだろう。それにそうだとすると……。
「余計に厄介じゃないか? ツツのことをアウトローな探索者がみんな知っていて、賞金目当てで狙ってくるかもしれないってわけだろ」
「そうかもしれない」
……どうなんだ? アホだから整合性のない行動をしてるだけなのか、それともかなり綿密な計算の末に襲って来たのか……。
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