宝×仲良し
退却自体は簡単だ。適当に登って降りてを繰り返すだけで、三十分もかからずに迷宮を脱出し終える。時間は昼を少し過ぎた頃だ。
「あー、生き延びたな」
「ああ……服ボロボロだけどどうしたものか……。新子は着替えているしな」
「心配させちゃうけど、正直に話した方がいいと思うよ?」
「……まぁ、結局は話すことにはなりますしね」
とは言っても、多少は隠そうと考えて新子に渡していた上着を羽織って軽く隠す。
「じゃあ初に連絡して、人口迷宮内で会いましょうか」
「そんなに早く会いたいの?」
新子は揶揄うような目を俺に向ける。
「……まぁそれはありますけど、それよりも服を着替えないと公共交通機関で迷惑ですし、何よりも星野が拾った刀はダメでしょ」
「あ、そうだね。じゃあ電話しよっか」
新子がすぐに電話をかけてしまう。せっかくなら俺がしたかったのだが……と思っているうちに新子は連絡を終えて俺の手を触る。
「じゃあ行こっか」
「ああ……星野どうした?」
人口迷宮に戻ろうとしていると、星野が学校の方を見上げて何かを考え込んでいた。
「……なぁヨク、何で学校にドラゴンなんだろうな」
「アレのことか? ……さあ、迷宮なんて訳わからないものだしな」
「そうは言っても、出てくる魔物って割と環境に沿ってるだろ? 前の洞窟なら洞穴に住んでるような生き物が巨大化して人に襲うような感じだし、ここも蜘蛛とか鳥とか野犬とか、基本的に学校で出てきてもおかしくない生き物だ。魚の魔物が陸地でぴちぴち跳ねてたなんて話は聞いたことがないし、環境にあってるとか「それっぽい」配置をしてあるだろ」
まぁそれはそうなんだが、実際にドラゴンがいた訳だしな。
明らかに身体の大きさが環境に合っていない。陸に打ち上げられた魚ほどではないが、室内で大型犬を飼う程度には手狭そうだ。
「なんかドラゴンに関係しているのとかあったか? というか、龍っぽいのってなんた? 宝とか? あと洞窟とかにいるイメージだな」
「どっちもないな。……子供は国の宝みたいな?」
「そういうノリは迷宮にはなさそう」
星野は少し考えたあとゆっくりと口を開く。
「あとは……炎とかか?」
「……炎、か」
「まぁ学校に炎とかは関係ないか」
星野はそう言って軽く髪を弄って整え始める。
炎……ついこの間の火事を思い出す。油を撒かれて火をつけられたことにより、初の大切なものが焼け落ちた。吐き出した息が妙に熱い。
「……火事とか」
「学校がか? 火元なんて限られてるし。鉄筋コンクリートだからそんな燃えそうにないけどな」
「…………そうだな」
殴り返したり、直接的な反撃が出来ない奴がする復讐……か。まさか、と切り捨てて頭を掻く。
「行くか、ツツにも話を聞きたい」
それに初とも会いたいしな、と思って人工迷宮に入る。
人工迷宮は灯りもあり明るいが、それでも当然日中の昼間ほどの明るさはない。光の強さの違いで一瞬だけ視界が順応しきれずに暗さに囚われた瞬間、ぽすっと俺の胸に柔らかい何かが飛び込んでくる。
「兄さんっ!」
「は、初……飛び込んできたら危ないだろ?」
慣れてきた目で初を見て小さく笑うと、初は俺の感触を確かめるようにすりすりと俺に擦り合わせる。
「平気でしたか? 怪我とかありませんか?」
「平気だ。初の方は元気そうだな。ツツと仲良くやれたか?」
「ん、んぅ……喧嘩とかは、してないです」
一度大怪我をしたことは伏せながら尋ね返すと微妙な返事が返ってきて少し驚く。
普通にしていたら仲良くしていると答えられるだろうし……女の子同士ってすぐに仲良くなるイメージだったんだが。
飛びついてきた初を抱きしめたまま顔を上げると、少し気まずそうな表情のツツが苦笑いを浮かべていた。
「……何かあったのか?」
「い、いやぁ……その、ヨクくんとの関係を聞いていたら、早く結婚式を挙げたいって話になって……兄妹で結婚はハードル高いし、初ちゃんはまだ中学生なんだから、少し落ち着いた方がって話したら……ちょっと拗ねちゃって」
ああ……初、落ち着いているようで結構強引だし子供っぽいところもあるもんな。
尻尾をぶんぶんと降っている姿を幻視しながら初の方を見つめていると、初は少しバツが悪そうに俺から目を逸らす。
「仲良くした方がいいぞ。これから長い付き合いになるかもしれないんだから」
俺がそう言うと星野に「裏切りを疑ってたくせに良く言う……」という目を向けられる。
「だ、だって……兄さんと私は好き合っているんですから……」
「それとツツとの話は関係ないだろ。そんなに怒ることでもない」
「……ツツちゃんさん、兄さんのこと褒めるんです。取ろうとしてるんです」
「いや、それはないだろ……。ほら、落ち着けって。今日のことも話したいしさ」
初はツツを警戒したように俺の隣にくっついていつもの休憩室に入る。
座る椅子が足りていないので立っていると、他のみんなも座ることなく顔を見合わせる。
「初、ツツ、新子も座らないのか?」
「え、いえ、兄さん達はお疲れでしょうから」
「……新子、座らないのか?」
「いや、私はヒットポイント無限だから大丈夫だよ。ヨクくんは?」
「俺も体力あるからなぁ」
少なくとも東の荷物を持って10キロほど走ったのに比べると遥かに楽だ。
「私は初ちゃんと同じというか、さっきまで寝転んでたし」
「流石に女子を立たせて座るのには抵抗が……」
全員が全員各々の理由で着席を拒否する。
……三人座れるんだから誰か座れよ……と思っていると、新子に袖を引っ張られて初と共にソファに座らされ、新子はソファの縁に腰掛けて俺の肩に軽く背をもたれさせた。
「よし、と……じゃあ話そうか。まず、前提として私達三人の探索組は攻略を中断して退却したよ。その理由として、想定外に魔物が強力だったことと、事前情報が意図的に省かれていたであろうことが分かったからだよ」
ツツは退却したということはこんな早い時間に戻ってきたことから想定していたのだろうが、情報が省かれていたという指摘に関しては驚いたように目を開いてから俺と新子を見る。
「省かれていたって……纏めてはいたけど、重要な情報は全部渡してるはずだよ」
「ツツちゃんよりも前に抜かれていたんだと思う」
「そんな後は見えなかったけど……元のデータ見る?」
「今はいい。……まぁ、想定通りにいかなかったことと、後の危険を取り除くために今危険を犯すということの是非の観点からの退却で、親父の資料を誰が改竄したかはさほど重要ではない」
まぁ実際のところ重要ではあるが……迷宮に行かない限りは差し迫って危険というわけではないので、少しなら後回しにしても良い。
あまり初の前で「初の母が怪しいかもしれない」とは言いたくないので、初がいないときに話せばいいだろう。
「……じゃあ、危なそうだからこのまま探索はやめておく?」
「それも手だが……おそらく初の父親が少し前に探索している。例外の多い迷宮だし、ツツの件を除いても調査するメリットが大きい」
俺がそう言うと初は不安そうにきゅっと俺の手を握る。きっと不安なのだろうと思い、包むように握り返す。
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