願い×スキル

 北棟も探索していくが大したものは見つけられない。時々襲ってくる魔物も調べていた通りのもので危うげなく対処出来た。


 北棟の四階の角の辺りで、星野は汚れと埃で読めなくなっている扉のプレートを手で拭う。


「3-1か。俺のクラスと一緒だな」

「……俺も前の学校だとそうだったな」

「前の?」

「東京に引っ越したから転校したんだよ。今のところは生徒がいなさ過ぎてクラスが分かれてない。というか、高等部がふたりだ」

「よくそれで成り立ってるな……」

「国の補助金だろうな」

「補助金すげえなぁ」


 星野はそう言いつつ扉を開ける。古ぼけた机と椅子が並ぶ中、その机の一つの上にだけ明らかに場違いな綺麗な紙が置いてあることに気がつく。


「ん、あれってもしかして、スキル得るためのやつだよな。願いを書き込む」

「ああ、やっと見つかったな……」


 現代部分を一通り回ってその最後に見た場所で見つかるというのは運がない。星野は少し悩んだ様子を見せてから机の前にいき、置いてあった紙とペンを手に取る。


「……これ、確か嘘を書けないんだよな?」


 星野が新子の方を向いて尋ねると新子は星野の願いを見ないためにか目を逸らしながら頷く。


「うん。理屈は分からないけど、本当の願いしか書けないよ」

「あー、だよなぁ……はは、嫌だな、それは」


 星野は深く肩を落としてからペンを手に取る。

 今まで見ていた図太く粗雑な様子はなりを潜めて、渋々と言った様子でペンを紙に走らせていく。


 書きたくない願いか……なんだろうか。やっぱり女の子とエロいことをしたいとかだろうか? 最低だと思うが、同じ男として気持ちは分かるぞ。

 笑ったり貶したりしないでいてやろうという生暖かい目を星野に向けていると、星野は俺の視線を気にした様子もなく用紙に記入していく。


『土田月を助けたい』


 簡素な用紙に書かれていたのは、素朴な優しい願いごとだった。……どうやら、本当に最低の男は誰だったのかが判明したようだな。


 星野は自分が書いた願いを見て深くため息をついて、用紙をぐちゃぐちゃに丸めて放り投げる。


「チッ……やっぱりそうなるか」

「ツツを助けたいって、普段から言ってることなんだから恥ずかしがることはなくないか?」

「別に恥ずかしがってねえよ。少し気分が悪いだけだ」


 心底不快そうに星野はそう言う。俺か訝しんで星野を見ると、星野の悪そうな目つきは嫉妬のような色を見せて俺を見ていた。


「……月の願いは、きっと俺に関してじゃない」


 そう言った星野はハッと我に返った表情を浮かべてからバツが悪そうに頬を掻く。


「あー、わり、変な愚痴を聞かせた」

「いや……まぁ、気持ちはよく分かる」

「ホントかよ。……ヨクと新子はどんな願いだったんだ? 俺のも見たんだから言えよ」


 星野は少し表情を緩ませて揶揄うような表情て俺達を見る。

 新子は少し迷った表情を見せた後、ゆっくりと口を開く。


「……『死にたい』だよ。当時は少し悩んでたから、今はそんなに思ってないから気を使わなくて大丈夫だよ」


 新子の願いは非常に辛そうな境遇を感じさせるものだが、そう願っていたことはなんとなく普段の言動やスキル名で察しがついていた。

【天に落ちる】なんて、そのまま死にたいという意志が伝わってくるスキルだろう。


 微妙な空気の中、星野が俺の方を向いて「おい、この空気をどうにかしろよ」という意志を瞳で伝えてくる。


「あー、俺の願いは『何もいらない』だったな」

「何もいらない?」

「ああ、特に欲しいものとかないし、それに願いを叶えるならその過程もほしいというか……。俺が欲しいのは過程だからだろう」


 新子は「家庭?」と首を傾げる。


「……なんか、三人とも各々で後ろ向きな願いだな」

「まぁ、はっきりと良い願いなんて言えるやつの方が少数派だろ。……それに、あんまり願いに前向きじゃない方がいい。そちらの方が協力出来るし、欲張って進もうと危ないこともせずに済むだろ」

「まぁ……そうだな。ああ、スキルは【対俗物地雷フェアリーマイン】ってやつだそうだ」

「フェアリーマイン……?」


 星野の同年代の割に強面気味な顔を見てからもう一度言う。


「フェアリー……マイン……?」

「なんだよ。なんか文句あるのか」

「いや……その顔でフェアリーはキツくないか……?」

「俺に言うな、俺に」

「新子のエンジェルフォールとかはまぁ納得出来るんだけどさ……」

「お前はお前でアウトローだからな。あんまり人のこと言えたスキル名じゃないからな?」


 いやでも、フェアリーって顔じゃないだろ……。ドラゴンマインとかにしておけよ。


「はあ、全く。あー、なんか足で蹴ったり踏んだ場所に衝撃を蓄積する事が出来るらしい」

「衝撃を蓄積?」

「ああ」


 星野はズンっと踏み込んだかと思うとそこから足を離して石をその場所におく。すると石が触れてもいないのに蹴り上げられたように教室の中を飛ぶ。


「こんな具合に、踏んだり蹴った威力を貯めて放出出来る。……なんかショボいな」


 星野は少し落ち込んだようにそう口にして、俺と新子は首を横に振って否定する。


「いや、良いスキルだろ。任意に発動出来るってことは持っていてマイナスにはならないわけだしさ」

「スキルへの期待のハードルが地面に埋まってないか?」


 いや……だって俺は強制発動のせいで困ってるし……。


「私もいいスキルだと思うよ。そういう別の力……星野くんの場合は自分の脚力かな、そういうのを利用するタイプのスキルは燃費がいいからね。反対に派手で強力なスキルはすぐに魔力切れが起きるから迷宮攻略に不向きだよ。しかも歩いたり走ったりするついでに仕掛けられるわけだから隙も少ないし、足元からの攻撃は油断してるところを狙いやすいしで、かなり実践向けの実用的なスキルだと思うよ」

「あー、そうか。……まぁ使えるときに使ってみるか」

「設置した場所にしか攻撃出来ないことを考えると、立ち回りは難しそうだな。逃げるときとかには使い勝手が良さそう……いや、違うか、そもそも逃げることが目的のスキルか」


 星野の願いである『土田月を助けたい』というのは狙われているツツを守りたいということだ。この前のような迷宮内で敵に追われているとき、その際に逃げるためのスキルというのが【対俗物地雷フェアリーマイン】の本質なのだろう。


 分かりやすく、ツツを守るためのスキルであろう事が分かる。


「お前、本当にツツのこと好きなんだな」

「幼馴染だからな」


 コイツ……願いやスキルにすらしておきながらまだ誤魔化そうとするか……。普通に好きと言えばいいのに。

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