湯上がり×勘違い

 初の服はサイズ的に小さいだろう。

 俺の服は大きいだろうが、小さいのよりかは幾分マシだろう。


 昨日初と新子が買ってきた服のレジ袋を漁って寝巻きらしいものを見つけてツツに手渡す。


「風呂に入った後、人工迷宮に戻るつもりなら湯冷めには気をつけろよ」

「あ、いや、もう寝るよ。地図とか道程とか、もう出して置いたから」


 思ったよりも早かったことに驚いていると、ツツは楽しそうに笑みを浮かべる。


「お風呂入ってくるから覗かないでね?」

「覗かないよ」

「覗いたらアレだからね、デコピンするから」

「ペナルティ軽くないか?」


 それだったらむしろ覗いた方が得ではないだろうか。いや、覗かないけども。

 ボリボリと頭を掻いてから機嫌良さそうに脱衣所へと向かうツツを見ていると、初は少し呆気に取られた表情をしてから「んう」と可愛らしく唸る。


「楽しそうですね、ツツさん」

「まぁ、楽しむために仲間になったんだから、それでいいんじゃないか」


 過ぎるほどに真面目な初と、不謹慎と言えるレベルで楽しむことを好いているツツでは分かり合えないことも多々あるのだろう。


 そんなことを考えてからスマホで時間を確認する。


「どうかしましたか?」

「いや、一応兵頭先生とウド達には連絡しておこうかと思ってな。まぁ……電話は面倒だしもう夜だからメールで済ますか」


 適当に打ち込んでいると、初は少し眠たそうに瞳をとろんとさせ始める。


「眠いなら寝ていいぞ」

「ん、お風呂入ってからじゃないと……」

「ツツ、結構長風呂してるな。ツツが出てきたら起こそうか?」

「……お願いしていいですか?」


 ああ、と頷くと初は俺にもたれかかるようにして目を閉じた。

 警戒心を見せないその姿は、きっと俺を信頼しているからだろう。信頼と……それときっと、あまり男として見られていないのかもしれない。


 初はまだ中学生だし、あまり擦れていなくて純朴だ。

 恋人や結婚についての知識はあっても実感として分かっていないのだろう。

 掛け布団をかけてから細くて綺麗な髪を透くように撫でる。


「俺は「兄さん」だもんなぁ」


 吐き出した弱音が空気に溶けたころ、扉が開いてツツがひょこりと顔を見せる。

 初を起こそうかと思っていると、ツツは俺の顔を覗き込んで「にへーっ」とだらしない笑みを浮かべた。


「どうしたの、思い悩んだ顔をして」

「……明日戦うことになるかもしれないと思うとな」

「嘘だあ、銃を避けれる人がそれぐらいでビビるわけないじゃん」


 その理屈はどうなのだろうと思うが、戦いにビビっていないのは正解だ。

 ツツはそれ以上聞き出すつもりはないのか、ぺたぺたと歩いて俺の近くに座る。


 髪は拭いてはいても乾かしてはいないらしくタオルが載せられて湿っていて、上気した赤い頬は心地良さそうに緩んでいた。


 初や新子にはない女性らしい胸の膨らみに思わず目を向けてしまう。ツツの着ている男物の薄手のTシャツは湯上がりの湿気を吸ってか平時よりも肌に引っ付いていて体のラインが見えていた。


 ツツはからかってくる割に俺の視線には鈍感なのか気にした様子もなくスマホを取り出して操作していく。


「もうちょっと警戒しろよ……」

「んー? 今忙しいから後でいい?」

「……おう」


 初を起こそうかと思ったが、今起こしてフラフラの状態で風呂に入れるというのも不安だな。

 そう思って寝かせたままにしていると、スマホで何かをし終えたらしいツツが俺の方を見る。


「ヨクくん、なんの用事だったの?」


 相変わらず分かっているのかいないのか、警戒を見せないツツを見て溜め息を吐く。言っても仕方なさそうなので別の話をするか。


「……夜、もしかしたら初とベッドの上でうるさくなるかもしれないけど平気か?」


 当然ながら初はまだまだ吹っ切れることや前を向く事は出来ておらず、毎夜は不安になって泣いてしまう。それはツツがいても収まるものではないだろう。


 そう思い、ベッドの上で女の子座りをしながら髪を乾かしているツツを見て尋ねると、ツツは「……へ?」と表情を困惑させて、それから顔を真っ赤に染めていく。


「な、え……そ、その、それは、え、えっと……こ、恋人なんだったらそういうことぐらい……す、するんだよね?」


 そういうこと? ああ、悲しい時に慰めるという意味か。一瞬頷こうとして、それからやっぱり首を横に振って否定する。


「いや、恋人だからというわけでもないな」

「えええ!? 恋人だからというわけではないの!?」


 ツツは何を驚いているのだろうか。俺は呆れながら、眠気を噛み殺す。


「恋人でなくとも大切な妹だしな」

「いや、いやいやいや! しないでしょ! 普通、妹にそんなこと!」

「いや、するだろ」

「しないよっ! と、というか、わ、私たちの見てるところでするの!?」


 泣いてる妹を慰めたりしないのか……世間の兄は。まぁ、案外冷めてる家族も多いのかもしれないな。


「まぁ、そういう気分になったら仕方ないだろ」

「え、ええええ、あ、いやそういうものなの?」

「そうじゃないか? 我慢出来なくなる事はある。ツツにはそういう時はないのか?」

「え……あ、い、いや、そ、その……」


 ツツは急にしゅんとした表情を浮かべて、耳を真っ赤にしながら俯いて自分の人差し指同士をつんつんとする。


「ちょ、ちょっとはあるけど、そういうのは、ひ、ひとりでするから。誰にも見られないように」

「なんだ、案外真面目だな。人に見られないようにって」

「ま、真面目とかそういう問題かな……。ええ……うう……」


 ツツは恥じるように掛け布団を手に取って自分の体を隠すようにかけて、潤んだ瞳を俺へと向ける。


「ツツもそういうのするんだな。……初に、俺はどうしたらいいと思う?」

「し、知らないよっ! そ、その……や、優しく触った方が……いいと思うけど、いやでも……強引にも……分かんないけど」


 ああ、まぁ慰めるのにはスキンシップとか重要か。とにかく安心させないとな。


「そうか。そういうのがいいんだな、参考になった」

「し、知らないよ。わた、私の意見じゃなくて、一般論としてね」

「ツツの場合どういうのがいいんだ?」

「え、き、聞かないでよ」


 ツツは何故か顔を真っ赤に染めながら掛け布団の中、落ち着かない様子でもぞもぞと脚を動かす。


「……か、可愛いとか、そういうことを言ってくれたら……う、嬉しいと、思うけど」

「可愛い? ……それはなんか変じゃないか? 家族と家を失くして泣いてる子に対して、それは」


 俺が尋ね返すと、ツツは赤く染まった顔を俺に向けてパチパチと瞬きをする。


「……泣いてる子?」

「初、目元腫れてるだろ。父が亡くなったばかりで、静かになったら色々と考えて……」


 俺が言葉を話しきる前に、ツツはバッと近くにあった枕を手に取って俺に思いっきり投げつけた。


「ぶへらっ!?」

「ば、ばかばかばかっ! あほ! ヨクくんの変態エロセクハラ魔!」

「な、何がだ!? ぐわあっ!?」


 ツツに枕でボスボスと頭を叩かれ、必死に逃げようとしていると初が驚いた表情で目を開けて俺達を見る。


「わ、兄さん、何枕投げなんてしてるんですか。ホテルの備品なんですから大切に使わないとですよ!」

「い、いや、俺は一方的に殴られてるだけで……」


 ツツは枕を置いて俺から離れたベッドの上で掛け布団を手に取って涙目で俺を見る。


「よ、ヨクくんのえっちへんたい」

「何もしてないのに理不尽な……」


 何故こんなに怒られたのか分からない。

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