炊飯器×胸のサイズ

 俺がそう言うと、初はほんの少ししょんぼりとした表情を浮かべてから俺の手をちょんと握る。


「私も一緒でいいですか?」

「……初が、不快じゃないなら」

「不快になんてなりませんよ。兄さんのこと、大好きですから」


 初の第一印象は人形のように整った顔立ちの少女というものだった。実際にそれも正しく、ツツや星野や新子と話しているときの初はそういう美しさが目立つ。


 けれども、こうして俺と話しているときは子供らしい可愛らしさがよく見えた。


「じゃあ、初がそう言うなら、そうしよう」

「あ、ヨクくん、私も一緒に食べたいな」

「ツツは嫌だ」

「えー、いいじゃん、みんなで食べようよ」

「絶対に嫌だ。本気で嫌だ。俺と仲良くしたいという意思があるのなら一緒に食事をしようとするな」

「こ、ここまで拒否することある……? まぁ、昨日も昼抜きで夜も飲むゼリーだけだったし、どんなにお腹が空いても嫌っていうのは分かったけど」


 ツツはそう言いながらも少し不満げだ。まぁ、ハンバーガーとかの多少食べ方が汚くても大丈夫な、手で掴んで食えるものならギリギリいけなくはないが……。今日は肉じゃがである。 


「なんか同じ釜の飯を食べるってのはこういうことじゃないと思う」

「炊飯ジャーだからか?」

「私、そんなに文明を憎んでるタイプに見える?」

「分かるよ。この世は苦しみが多いもんな」

「持ってない思想に同意するのやめて……。じゃあ、次のご飯は一緒に食べようよ。星野くんとは一緒に食べたんでしょ、ハンバーガー」


 あれ、星野から聞いたのか? と思っているとツツは首を横に振る。


「星野くんもヨクくんもハンバーガーの匂いがするから一緒に食べたんだなってだけだよ。お箸使うのが苦手って言ってたし、手で食べたり出来るものならいいんでしょ?」

「……いや、それも微妙だが……まぁ、そうだな。少しはマシだ」


 俺がそう答えるとツツはニコリと笑ってから新子と一緒に人工迷宮の方に戻る。

 初は俺の方を見てほんの少し寂しそうに笑いかけた。


「……ツツさんは楽しい人ですね」

「ハッキリ、俺に「社交性がない」って言ってもいいんだぞ。割と事実だしな」

「いえ、私も全然ですし……あまり知らない人と食事をするのが気を使うというのも分かりますよ。ご飯の準備しますね」


 俺も立ち上がり、初に倣って器に盛っていく。

 人工迷宮のおかげで使い捨てじゃなくても荷物にならないのは楽でいい。


 初は穏やかそうな表情で席について、ニコリと微笑んだ。


「……兄さんとふたりで食事をするの、不思議と久しぶりに感じますね」

「慌しかったからな。……色々と勝手に決めてしまったけど、大丈夫だったか?」

「はい。もちろんです。……兄さんは、本当に良かったんですか?」

「何がだ?」


 初は料理に目を落としてから、取り繕うような笑みを浮かべる。


「えっと、兄さん、私のことが大好きじゃないですか。二人きりになれないのが、寂しいかなって……えへへ、冗談です」

「……まぁ、初とふたりで暮らせるのは幸せだろうな。こういう風に独り占め出来る権利を手放すのはもったいなくて後ろ髪を引かれる」


 初は「もう、兄さんったら」と照れた表情を見せてから「いただきます」と手を合わせて箸を取る。

 冗談ではなかったんだけどな、などと思っていると、初は先程と違った真剣な、悲しさと寂しさをない混ぜにしたような視線をテーブルに落とす。


「兄さんは、本当に良かったんですか?」


 先程と同じ言葉だけれど、その意味が違うなんてことは俺にも分かる。


「ああ、平気だ。初の力になりたい。それに父のことも尊敬しているからな。これでも、研究の跡を継げるならありがたい」

「……兄さんの申し出をありがたいと思うのは、浅ましいのではないかと思うんです。新子さんやツツちゃんさんや星野さんは、私のためには動いてません。利益が共通しているからです。……嫌な言い方、無礼な物言いになりますが……兄さんの自由と幸せを踏み躙る事はしたくないです」


 俺はその言葉を聞いてから、肉じゃがに箸を付ける。ああ「いただきます」と言うのを忘れたな、どうにも……慣れない。


 何度か咀嚼して飲み込む。それから水を飲んで、初を見る。


「美味いよ。なんかあったかいしな」

「…………火を……通してますから」


 いや、そういう意味じゃなくてな。


「あまり考えなくていいんじゃないか。あげたりもらったりなんて、数え出したらキリがないだろ」

「……でも、私は渡し足りないんです。たくさん、たくさん」

「そうは言ってもな……。俺はこうしてくれるだけで充分すぎるぐらいだ」


 それに初が俺に差し出せるようなものなんて……と考えて、不埒な想像が一瞬だけ頭によぎる。


「それに、こんなことが頻繁にあるわけじゃないしな。あんまり深く考えなくていい」

「……そう、ですか?」

「むしろそういうギブアンドテイクみたいなことを言われると、日常生活をまともに送れない俺が申し訳ない」


 初はポカンとした表情を浮かべたあとクスリと笑みを浮かべて、俺の手元を見る。


「兄さん、箸の持ち方が」

「あ、おう」

「……うん。……じゃあ、その……一緒にいてください。もしも兄さんが私の使命を重荷に思ったら、手伝いを投げ出しても、一緒にいてください。少しでも、恩を返したいです。……それでも恩が増えちゃうかもですけど」


 しばらく初と話しながら食事をしていると、食事を終えた頃にツツが戻ってきて「あっ」と声をあげる。


「ヨクくん、お風呂入りたいんだけどパジャマとか忘れてきちゃった……。借りていい?」

「あー、初のは……サイズが違うか」


 俺がそう言うとツツは「ヨクくんやらしー」と言って胸を庇うように腕を動かす。


 そういう意味ではない。背丈だ、背丈。

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