持ちネタヒーロー×天井に潜む

「ヨクくん、少し休憩した方がいいんじゃないかな」

「いや、今は進んだ方がいいだろ」

「でも血も……」

「見た目が派手なだけで実際は掠っただけだ。……それよりもむしろ帰った時に妹に怒られるのが怖いぐらいだ」


 ……まぁ、怒るのよりかは心配してないてしまいそうだ。それに……昨日の今日で病院に逆戻りというのも申し訳ないな。

 帰るのも遅くなってしまうだろうし、また初を泣かせてしまう。


「……女の子に本気で謝るときってどうしたらいいのか知ってるか? 星野」

「いや、付き合ったことないから分からないな」

「だよな」

「たった三文字で人を傷つけるな。真面目に考えて……まぁ贈り物とか?」


 足元に泥がないかを中心に探しながら星野と話す。緊張感に欠けると言われればその通りだが、緊張しすぎて頭が働かなくなるのよりかはよほどマシだ。


「贈り物……物で女性の気を惹こうとか、恥を知った方がいいんじゃないか?」

「何で相談に乗っただけでこんなにディスられてんの……?」

「それで、具体的には何がいいと思う?」

「しかも採用するのか……」


 俺も女性と付き合った経験もないし、それどころか友達もいないし、マトモな家族もいなかったからそういう時の対処法など分からないので即採用である。


「普通にその子の好きなものとかでいいんじゃないか?」

「好きなもの……か」


 なんやかんや会ったばっかりだから何も分からない。

 家族を大切にする子だということは分かっているが「プレゼントはオ・レ」みたいなことを言ったらしばかれてもおかしくない。


 やっぱり女の子だから甘いものとか好きだろうか。

 俺が頭を悩ませていたらツツがじとーっとした目を俺に向ける。


「ヨクくん……好きな女の子がいるのに、東さんをナンパしたり、私とちゅーする約束したりするのは良くないと思うよ?」

「東さんはまだ分かるけどツツとキスするのは勝手に押し付けられてるだけだから俺悪くなくない? しないからな、する気ないからな」

「まったく、男の人ってなんでこんなに浮気性なんだろね」

「理不尽が押し寄せてくる」


 俺はあくまでも初一筋だ。東の胸を見たりツツの脚を見たりしてしまってはいるが、初一筋である。


「おい、無駄話は後にして……あったぞ、若干色が違う土」

「どこだ?」

「ほら、ここ、洞窟のとは色も粗さも違うだろ」


 しっかりと覗き込むと、混ざり合っていて分かりにくいが確かに色合いが微かに違うように見える。


「よく見つけれるな」

「目はいい方だからな。……とりあえず方向は合ってるってことでいいよな」

「まぁ、アイツらが中層から降りた後にウロチョロしてなければだが……。多分中層で疲れたあとにここでウロチョロはしないだろうから、合ってるってことでいいとは思う」


 冷静さを取り戻せているおかげか順調だ。


「方向は合っている。追いつかれる様子もない。相手はしらみ潰しにしているだろうから、むしろ距離は伸びていそうだな。入り口の特定までは出来ると思う」

「……入り口の特定まで……か」

「ああ、入り口がどうやって開くのかが分からないことにはな」


 あまり迷宮に興味がなかったせいで知識がなく、ふたりに頼るように目を向けるとふたりも少し困ったように口籠る。


「私達は一応迷宮について調べて来てはいるけど、本職の探索者が見つけられないものは……。ボスを倒すとかではないだろうし、謎を解くってのも……不思議なアイテムってのだったらどうしようもないし……」


 特別な道具が必要な場合はどうしようもない。そのことにツツと星野は不安そうな表情を浮かべ、俺はそんな二人を見てゆっくりと落ち着いた声を出す。


「ああ……そう言えば二人には言い忘れていたんだが、実はな、俺はヒーローなんだ」


 俺の言葉を聞いた二人は呆気に取られたような顔をする。


 これは……もしかしてスベったか……?


 そう思っていると、ツツはクスッと笑う。


「実はそうなんじゃないかなって、薄々思ってたよ」

「ああ、だから、二人とも俺が守るから安心して大丈夫だ。怪我をして大切な人を心配させたくないから戦うのは避けるが、戦えば十中八九は俺が勝つから安心してくれ」


 完全にスベってるな、ニヨニヨとした笑みをツツに向けられて羞恥心から目を逸らすと星野はニヤリと笑う。


 そういえばヒーローって名乗ってウケたのはミナと初のふたりで、ふたりとも歳下の女の子だからな。同年代のツツとか、同年代の上に男の星野からしたら「何言ってんだ」って話だろう。


 熱くなりそうな顔を隠すようにふたりの前を歩く。それからもう一度ゆっくりと宣言する。


「俺はヒーローだから、平気だ」

「ん、じゃあお願いね、ヒーロー」


 格好はつけられていないだろう。

 しばらく歩くと色の違う土が少しずつ増えていき、よく見れば足跡と分かるものも散見されるようになってくる。


 地図を見てツツが口を開く。


「多分、この道の突き当たりじゃないかな。少し他とは変わった形をしてる」

「それっぽくはあるな。分かりやすいボスでもいたらいいんだが」

「そんなのがいたら知れ渡ってるよ」

「まぁそうだな。……もしもどうしようもなければ俺が戦う」

「あー、着いたけど、ぱっと見何もないね。……戦うのより前に試したいことがあるから、中層に行けそうになければやってみていい?」

「試したいこと?」


 頷くツツを見てから、少し広間になっている空間を探す。明らかに乾いた泥が増えていて一部はわざと泥を落とすために地面に擦ったような跡がある。


「……多分この地面の下に道があるな。隠し階段か何かっぽいが……」


 三人で地面を踏ん付けてみるが空洞音などはなく他の地面の硬さと変わらない。


「相当深いっぽいな。道具もないし、力尽くで掘るってのは無理だな。分かっていたことだけどボスっぽいのもいない。謎解きって風にも見えない」

「まだ探索する? もしくは私の案を聞く?」

「案ってなんだ?」


 ツツはいたずらっ子な笑みを浮かべて天井を指差す。


「天井に隠れよう」

「……は?」


 ツツが出した案は簡単に纏めるとこうだった。


 まず大量に岩を一箇所集める。

 俺が全力で星野を蹴り上げてスキルによって天井に縛り付ける。

 俺のスキルで集めた岩と天井を鎖で繋げて、星野がその鎖を引っ張って引き上げ、引き上げた岩をもう一度鎖で天井と繋げる。

 それを何度も繰り返すことで天井に人が入れる空間を作り三人で隠れる。


「いや……無理だろ、そんなゴツイ岩を星野が何個も持ち上げるのは。体勢も悪いだろうし」


 俺がそう言うと星野は俺を見て首を横に振る。


「いや、俺は腕力とクーポンの管理だけは自信がある」

「自信があるとかの問題ではないと思うが……。いや、まぁやるだけやってみるか。失敗したらそのままスキルを解いたら落石する罠として使えばいいんだしな」


 問題は間に合わなかったらどうしようかということだが、今それを悩んでも仕方ない。

 三人で手分けして岩を集めて、ある程度集め終わったところで星野と向かい合う。


「……なぁ、ヨク、一応聞くんだが……ダメージがなくなるって具体的にどうなるんだ? その、怪我はしないにせよ痛みとか」

「衝撃は感じるだろうが痛みはないはずだ。天井まで飛ばずに落ちても怪我にはならない」

「……説明を聞いたしスキルについては納得したが……いざ、お前の馬鹿力で蹴り飛ばされるとなるとこわ……!?」


 時間がないのでさっさと星野を蹴り上げて天井に張り付けにする。それから近くに集めた岩を殴り、星野のすぐ横の天井に投石をして鎖で繋げる。


「よ、容赦ねえな……お前」

「時間がないからな」

「というか、蹴り飛ばされて天井に張り付けにされた上に投石されるのってイジメじゃねえか?」

「狙いをつけるのに集中したいから文句は後で聞く」


 下からツツが持ち上げながら、上にいる星野が鎖を引っ張って岩を持ち上げていく。

 ある程度引っ張り終わったところで岩の側面二箇所と天井を二箇所投石で攻撃して岩を宙吊りにする。


 同じような行動を繰り返しながら時々鎖が見えないように配置を変えながらしていくと、若干の盛り上がりが見える以外は普通の天井とさほど変わらない見た目の足場が完成する。


「あとは俺たちが上がって、適当に補強したら完成か」

「案外上手くいったね」

「上手くいったかどうかはまだ分からないけどな。よし、まずツツを持ち上げるか。俺は鎖がぶら下がっていたらひとりで登れるから」

「ん、了解だよ」


 とツツは言ってから天井から吊り下がっている鎖を握り、星野が上から鎖を引っ張り、俺もツツの脚を握って持ち上げようとすると、ツツは少しこそばゆそうに「んぅ……」と身を捩り、それからスカートの端を気にしたような視線をする。


「あ、ヨクくん。その……あんまり上見ないでね。両手で持ってるから隠せないし……。まぁ、その……ヨクくんも男の子だからちょっとは仕方ないって思うけど、流石にジッと見られるのは……恥ずかしいよ」

「見るわけないだろ」


 そう言いながらツツを下から持ち上げる。

 ……これ、角度的に見上げてもバレなさそうだな。

 いや、見ないけどな。全然、見る気はないが。

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