激昂×解放

 柳下と桜川、それに柳下の部下らしき男が二名、あと見知らぬ男が一人の五人。

 五対一という分かりやすい窮地。逃げ出すのが正解だということぐらい……きっと、誰でも分かることだろう。


 けれども、俺は赤く燃える炎を見て、煙の匂いを嗅いで、燃え爆ぜる音の中で声を発する。


「……何故、燃やした」


 俺の問いに、他の仲間の動きを制するように柳下が答える。


「お前の親父さん、西郷博士の死が業界の中で知れ渡った。明日には他の連中も来るだろう。遺物の争奪戦だ。……「今日中に手に入れろ、何をしてでも」それが上からの指令だった」


 わざとらしいほど淡々と柳下は語る。語り口は淡々としているのに、握られた拳からは血が滲み落ちていた。


「……初は、この前父が死んだばかりだ。母は既に死別している。本当なら、今頃父母に甘えたり、反抗をしてみたりと……そういう年頃の幼い少女だ」


 俺の言葉を聞く柳下は拘束から抜け出して、俺に向かおうとする部下を手で押さえる。


「……ああ、そうだな」

「嫌っていた俺の好物を用意してくれたり、自分が辛いのに色々と気を遣ってくれたり……優しい、いい子だ。……何もかも、なくしたって」

「……ああ」

「多分、あの子の心の傷は一生消えないだろう。父がなくなったらその遺産を奪おうとする大人に襲われて、大切な思い出の詰まった家が燃やされてなくなった。……一生、この光景は忘れることなく傷として残るだろう」


 柳下は返事を返すことなく俺を見詰め返していた。


「……来るぞ、構えろ」


 柳下が他の仲間に声を掛ける。一斉に身構えるが、それを見た柳下が声色を低く変えて再び息を吐く。


「最低でも中層のボス格かそれ以上だ。……油断していたら一瞬で潰されるぞ」

「いや、柳下さん、中層のボス格って、まるで魔物みたいな……」


 部下の男の言葉が終わる前に俺の脚が動いて、その男の首を貫くように蹴り飛ばす。


「っ!? ゲホッ……なっ!?」

「……邪魔だな、このスキル」


 部下の男が壁に貼り付けになり、目を白黒させて俺を見る。ああ、こんなスキルがなければもっと楽に決着がついていただろう。


 桜川の頬が獣の毛で覆われたのを見て、地面を蹴ってその場から離脱する。


 柳下は狼と化した桜川を横目で見て「ふー」と息を吐く。


「だから言ったろ。アレはヤバい。この少ない人数で相手取れるレベルのヤツじゃない」

「逃げるのか?」

「まさか。……今更引けるところじゃないだろうが」


 狼と化した桜川に燃える炎の光が当たり、その炎に揺らぐ影がゆっくりと実体化していく。だが、その影の狼は最後まで実体化するのではなく、半ばで桜川と溶け合うようになり、まるで影を纏った双頭の狼のような姿へと変貌する。


「グルル……」


 桜川の唸り声が響き、昨日に見た動きよりも遥かに速い動きで俺へと飛びかかった。俺はトンと地面を蹴り付けて後ろに下がって路地裏に逃げる。


「逃すか!」

「ッ! 待て桜川!」


 柳下が路地裏に飛び込もうとする桜川を止めようとするが、飛びかかった勢いは止まらない。

 俺は近くの壁を殴りつけ、先程蹴り付けていた地面との間に鎖を発生させる。


 突如発生した鎖に狼の頭がぶつかるが、影の頭が即座に鎖を食いちぎる。数秒も保たなかったが「俺の用意した鎖にぶつかる」は間違いなく俺による攻撃だ。


 地面を強く踏みつけ、踏んだ地面と狼の頭が鎖に繋がれる。驚いた狼の顔面に鎖が引きちぎれる勢いで拳を叩きつけ、地面に貼り付けになった狼の頭を思いっきり蹴り上げる。


「っ……!?」


 鎖でがんじがらめになっている狼の上を歩き、ガリガリと自分の頭を掻きむしった。


「……不快だ。不快だ。あの子は、優しい初は酷く傷ついたのに、お前らには傷のひとつも付きはしない」


 柳下は俺を見ながら部下の男に指示を出す。


「っ……おい、呼び出せ」

「呼び出せって……どれを何体」

「全部だ。迷宮を攻略さえしたらあとはどうにでもなる」

「……本気、ですか」


 部下の男は頰を引き攣らせながら地面に手をつく。そうした瞬間、地面に何か妙な光る文字が現れて、そこから浮かび上がるように大量の化け物が発生する。


 そして灯りに照らされたことにより現れた影が立体化して立ち上がる。


 ……どこか見覚えのある化け物……おそらく迷宮に関する映画のCGなどで見たことがあるのだろう。

 魔物を呼び出すスキル。スキルというものはなんでもありだな。


 俺へと飛びかかる魔物と影の攻撃を躱して、その身体を掴んで別のやつに投げつけてぶつかった奴同士で縛り付ける。

 前後から同時に仕掛けられるがそれも躱して拳をめり込ませていく。


 連続して途切れなく襲われるが、そのどれもを躱し、防ぎ、カウンターのように攻撃を加える。時には鎖を利用して相手の動きを牽制し、鎖を壁同士の間に張り巡らせてその上を飛び跳ねていく。


「ッ……なんで、こんな化け物が無名で生きているんだよッッッ!!」


 男のひとりが叫び、火事の炎を操って俺へと飛ばすが、俺は近くにいた魔物を鎖を引っ張ることで盾にしてそれを防ぐ。


「……火を操るスキルか。……これ、お前がやったのか?」

「ッ」

「お前がやったのか、と、聞いているんだよ」


 ああ……ああ、ダメだ、コイツら……。

 怯えた男達を見て、俺は深く息を吐き落とす。


 コイツらにとっての俺なんかより……初にとってのコイツらの方が、遥かに怖いものだっただろう。

 戦う力なんて有りはしないただの少女をよってたかってイジメたのだ。その癖に自分が少しでも恐怖が降りかかると醜く怯える。


 ああ、不快だ。不快だ。


「縛れ。縛りつけろ」


 俺の口から言葉が漏れ出す。

 炎を避けて、魔物と影をいなしながら鎖を発生させて拘束させていく。


「縛りつけろ。動けないように、拘束しろ」


 数が減って来たと思っていると、鎖を破って復帰してきた桜川が即座に俺へと襲い掛かり、その双頭で俺の首を狙う。

 その狼の毛を掴み地面にへと強烈な勢いで叩きつける。


「縛れ、縛れ。縛れ、縛れ縛れ縛れ縛れ縛れ縛れ!!」


 どれだけ暴れようと気が収まることはない。多くの魔物と人を圧倒しようとも、どれほどの恐怖を与えようとも、初の大切な場所は戻らない。あの子の心は治らない。


 だから「縛れ」「縛りつけろ」「指の一本すら動かないように拘束しろ」【英雄徒労の遅延行為アウトローチェーン】!!


 激昂と共に吠える俺の周りに大量の鎖が発生して、攻撃に関係なく周囲の魔物や建物に鎖が張り巡らされる。


 それどころか、俺自身の全身から鎖が伸びて俺のことを雁字搦めに拘束していく。

 街の一角が鎖に飲み込まれるような光景の中、襲撃者達は一歩、二歩と後ずさりをする。


「ッ……アイツ自身が縛られて……スキルの、暴走……助かった……?」


 男のひとりがそう口にし、柳下が俺が手を伸ばしたのを見て目を見開き、男の言葉を否定する。


「いや……これは……」


 俺の指先が俺の目の前にある鎖に触れる。俺の動きを拘束するような場所にあるそれを掴み、ガキッと金属音を鳴らすそれを力尽くで引きちぎる。


「縛れよ。縛りつけておけよ」


 俺の全身を繋ぐ鎖を引きちぎり、一歩、二歩と歩みを進めると俺の動きを妨げるように、俺と男達の間に鎖が張り巡らされる。


 俺の手はその鎖を握りしめてただの腕力で引きちぎった。


「拘束しろ、縛りつけろ、俺を・・。でないと……人の命など、泡沫よりも一瞬だ」


 俺の手によって目の前の鎖が壊れた瞬間、一斉に他の鎖が泡が爆ぜるように跡形もなく消え去る。


「拘束が、解けた……?」


 鎖がなくなったことを好機と見た魔物が背後から俺へと飛びかかり、俺はその首根っこを掴んで地面へと叩きつけた。

 アスファルトの割れる音と頭蓋が砕ける鈍い音が響き、魔物は一瞬でその命を散らす。


 赤い血が広がる地面を見た柳下は、絶望の表情を浮かべて俺を見る。


「ああ……魔力切れ……だ」


 スキルを発動するために使うエネルギー。

 俺の中にあるそれが尽きた。つまり、今まで俺の邪魔をしていた英雄徒労の遅延行為アウトローチェーンは発動しない。


「最悪の化け物が……鎖から、解き放たれた」


 殺した魔物の頭部を踏み砕く。

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