逃走×告白

 スキルの相性が極めて悪い。こちらの拘束は人間から狼に変身したときに発生するサイズダウンにより抜けられてしまう。


 おそらく直接身体から生えるようにして伸びる「繋ぎ」であれば拘束も可能だろうが、あれは身体を縛り付けるのとか地面に縫い留めるとは違い、犬のリードのようなものである程度の動きの自由があるため即座に反撃される可能性が高い。


 攻撃を当てた瞬間はどうしても体勢の隙が生まれるため高いリスクがある。


 俺の振るった警棒が桜川の右腕に止められる。本来なら容易に骨折するだろう威力だが、俺のスキルの効果により痛みすら発生しない様子で脚を踏み込み左手を伸ばして反撃を試みてくる。


 俺にスキルがなければ既に終わっていたな、と思いながら警棒の柄で手を弾き飛ばし、スキルの効果によって桜川の右腕と左手を繋ぐ鎖が発生し、桜川は動きにくそうに眉を顰める。


 だが……腕と手を繋いだところで、戦闘が不可能になるほどではない。

 桜川は不快そうな表情を俺に向ける。


「……西郷博士はどこまでも私達の邪魔をするんだね。こんな化け物じみた人間を護衛に付けるなんて」


 その桜川の言葉に、俺の背後にいた初が「護衛……?」と声を出す。……変な誤解が生まれていそうだな。


 繋ぎを連発したらなんとか拘束しきれるか……? しかし一撃でももらえば押し切られる可能性もあるか。と考えていると、桜川は俺を見て舌打ちすると狼に変身して踵を返す。


 何のつもりだと思っていると、狼はそのまま鎖を引きずって道を疾走していく。


「……逃げた?」

「逃げました……ね」


 引き返してくる様子はなく、姿が見えなくなる。明らかに人間の脚では追いつけない速度なので追うだけ無駄だろうか。


「……初、怪我はないか?」

「あるはずがないです。……兄さんは」

「ドッと疲れた……。それにまた襲って来られる可能性もあるからかなり怖いな」


 俺が初に近寄ると、初はビクッと身体を震わせる。

 怯えさせてしまったことに気がつき、一歩後ろに下がり特殊警棒を縮めさせながら目を逸らす。


「……悪い」

「あ……い、いえ……すみません」

「……あの桜川ってやつに襲われた理由については分かるか?」

「えっと、兄さんが分かるんじゃないですか?」

「昨日来たばっかりだぞ」

「いえ、さっき護衛とか……」

「桜川の勘違いだろ」


 俺が呆れながら返すと、初は疑うような目を俺に向けるが、何かを言うことなく着物を拾い上げる。

 それからゴソゴソと漁ると幾つかの隠し武器が地面に落ちるが、スマホや財布などは見つからない。


「……んん? 車の鍵とかもないですけどどうやってきたんでしょうか」

「歩いて……はないだろうし、近くに仲間がいるんだろ」


 というか……本当に武器以外何もないな。着物の下に下着すらつけていなかったらしい。

 まぁ、着物だったのも下着をつけていなかったのも狼に変身した際に邪魔にならないようにだろうが…….若干痴女っぽいな。……いや、元々着物の下は下着はつけないんだったか?

 まぁ最近でつけてないことは普通ないとは思うが。


 とりあえず着物から落ちた武器を拾い集める。初の方を見ると明らかに動揺している様子で今回のことは想定だにしていなかったのだろう。


「……それでどうする?」

「……どうって……それは……その……兄さんは」

「俺が決めるとしたら、金もらって終わりにするべきだと思うぞ。さっきの名刺に電話番号も載ってるしな」


 俺がそう言うと初は目を伏せてグッと手を握る。


「……それは、きっと……よくないことです」

「そうか? 別に犯罪でも何でもないだろ」

「……迷宮を踏破するのは非常に恐ろしいことです。唯一、迷宮の踏破に成功させた人たちは『戦争をなくす』という願いを叶えました。それによって発生したのは経済力の差がそのまま力となる世界です。結果として飢える人が増えても反抗することが出来なくなりました」

「別に悪いことだけでもないだろ。いいことも同じだけあったし、仕組みも変わっていく」

「……完全に善意であろうと、強い力を持ったものの身じろぎは容易に人々を踏み潰します。悪意があればなおのこと」


 初はそう言ったあと、震える手で自分のスカートを握る。


「……願いを叶える迷宮は、それが良き心の持ち主であろうと悪しき考えの持ち主であろうと、踏破させてはいけません」

「現実的にいつか誰かが踏破するだろうし、それを何日遅らせるとかの話で死ぬのは馬鹿らしいと思わないか?」


 初は俺の言葉にグッと歯を噛み締める。


「……折れろ、と?」

「まぁ、兄としてはな。……けど、気になることはあるんだよな」

「……気になること?」

「とりあえず、この場にいても仕方ないから帰るぞ。家の場所ぐらいはバレてると思うから尾行を警戒する意味もないしな」


 初から少し距離を置きながら前を歩く。

 なんで引っ越して二日目でこんなことに巻き込まれているんだ……と思いはするが、俺がいてよかったという感覚もある。


「……それで、気になることというのは」


 帰路の途中、沈黙に耐えられなくなったように初が口を開く。


「家の場所ぐらいはバレてるだろうし、バレていなくとも……初の顔が分かるなら尾行して家を見つけたり、もしくは大して人のいない地域なんだから適当に歩いて表札なりで判断したらいいだろ。そんで、初が家にいない学校の時間にでも忍び込んで盗んだ方がよっぽど手っ取り早い」

「……交渉をするつもりだったとか」

「詐欺、金で叩く、暴行してからの脅迫、で研究を奪おうとしたやつがそんなにマトモとは思えないな」


 家に着き、初が鍵を開けてふたりで中に入る。少し怯えた様子の初を見てどうにかしてやりたいと思いはするも、俺は嫌われているうえに怯えられてもいるので何かをしたら余計に不安がらせるだけだろう。


 努めて平坦な声色を作って初に尋ねる。


「……何か初にだけ託されているようなものがあるのか?」


 初は俺の顔をじっと見て、再び目を伏せる。


「言えません」

「……初、一応、俺たちは一蓮托生の……」


 と俺が言おうとした瞬間、初は堤防が決壊したかのように勢いよく息を吐き出す。


「っ……! 貴方が本当に私の兄とは限らないじゃないですかっ!」

「……い、いや、そりゃ血の繋がりはないわけだが……今はそういう話ではなく」

「とぼけないでくださいっ! あんなスキルを持った人を簡単にあしらって、スキルを使って……! 貴方も、私から父の研究を奪おうとしているんじゃないですか!」


 一瞬驚くが、言いたいことはよく分かってしまう。

 俺自身が怪しいというのは……よくよく考えてみると否定することが出来ない。


 父親の知り合いを騙って取り入ろうとしてきた奴がさっきいたばかりだ。


「落ち着けよ。……スキルは昨日迷宮に入って得たもので、それはミナも証明してくれる」

「ミナミちゃんが証明出来るのは、昨日迷宮にいたということだけです。貴方が以前からスキルを持っていなかったことや、本当に私の兄なのかは証明出来ません」


 そうは言われても……身分を証明出来るようなものなんて原付の免許と保険証ぐらいだ。

 これで納得出来るのかと思って財布から出して初に見せるが、疑いの目がなくなることはない。


「……父が死んだばかりで、自分を騙そうとして襲ってきたやつがいて人が信用出来ないのは分かるが……。初ひとりではどうしようもないだろ」

「……貴方のその態度が、余計に信用出来ません。普通、死にかけたなら昨日会っただけの私を守ろうとはせずに逃げるでしょう」


 初は俺から逃げるように距離を置く。明らかに警戒している様子……もしもここで俺が降りてしまえば、きっと再び桜川やその仲間が襲ってきてしまうだろうし、初一人で耐えられるはずもない。


 どうするべきだ。逃げて親戚のところに帰るべきか……などと考えはするも初を見捨てるのはどうしても嫌だ。何故嫌なのかを考えて、初の顔を見直す。


 長いまつ毛がとても綺麗で見ているだけで緊張してしまう。

 ゆっくりとため息をついて、頭をボリボリと掻く。

 こうなった以上は……隠す方がダメか。


 ゆっくりと、初が聞き逃さないように目を見つめながら話す。


「……俺は昨日、君に一目惚れをした。だから、さっきも庇ったし、これからも助けようとしている」

「へ……?」


 初は素っ頓狂な声をあげて、不思議そうに言葉の意味が理解出来ないかのように俺の顔を見つめていた。

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