夢想
「うわっ」
足元が波を打ち、振動して、膝からよろけて体勢が崩れます。
今度は私に再生ボタンなんて押す間も与えずに別の場面へと切り替わるようで、地割れのようなけたたましい音がこちらに向かって近づいてきているのが鼓膜を通して分かりました。その音が意識の覚醒とは異なる、つま先から奈落へ落ちるような総毛立つ感覚を運んできて、思わず手で顔を覆ってその場でしゃがみこみます。
しばらくそうして、身体への負荷が落ち着いてからゆっくり立ち上がり、辺りを見渡して見ると、そこは、
「教室でした」
前方には大きな一枚の黒板と四角い教卓、周りには小さい机と椅子が並べられていて、出口の反対側にある大きな窓からは強い日差しが差し込んでいます。
その場所はある種、学生として一番見慣れていると言ってもいい空間で、またあの荒んだアパートの一室に戻されなかったことに胸の中で安堵します。しかし現実という名の悪いお友達の真似でもしているのか、夢はこの場所でさえも私には世知辛く、そして厳しく接してくるのです。
「うっ……」
下から饐えた異臭を感じて、立っていた自分の足元を見下ろします。
すると教室の白いタイルの床の上には無残に散らばった吐瀉物が広がって、溜まりを作っていました。
目を凝らしてその吐瀉物を見てみると、透明な胃液の中に茶色い流動食のようなものが混じっていて、その濁った液体の中で、四角いスナック菓子のようなものが小島のごとく浮き出ているのが散見できます。そして極め付きは、噛まずに飲み込んだせいで丸々形が残っている、見たことも無いような白い小魚で、これが決め手となり、この吐瀉物の構成比が百パーセントキャットフードであることに私は気が付きます。
となると必然的にこのゲロっとしたやつの持ち主はたまたま教室に参入してきたネコチャン、などではなく、無論キャットのフードを主食にしている私のもの、でした。
「………………」
静かに周りを見渡してみます。
少し離れた場所には子供達が点在していて、そのどれも、首から上はさっきの母と同じでぼんやりとしか視認することが出来ません。はっきりと分かるのは、背丈は皆、私と同じくらいで、そしてどの子も視線がこちらへ向いているということです。教卓にはスーツを着た大人がいて、おそらく担任でなのであろうその人も、こちらに首を傾けたまま微動だにしません。
なんと、冴えない私が教室中の視線を釘付けにしていました。
嘔吐によって。
これはこれで普通に悪夢でした。よりにもよって教室で吐いてしまった時のことが再現されるなんて。しかし今にして思えば本当に悪夢だったのは当時私の近くの席にいた子供達でしょう。私はこの頃、猫でもないくせ消化しきれなかったキャットフードを吐き出すのが癖になっていて、教室で突発的に吐くなんてのも割と茶飯事でした。それに加え、身なりもとても清潔とは言えず、特に香りの方面では多大なるご迷惑を多くの人にかけてしまっていた記憶がございます。ごめんなさい。
そしてそんな私を毎度とても怪訝な顔で見てくる一人の女の子がいたような気がするのですが、「あれ?」流石は夢、知らない間に記憶の忘却まで始まっていたみたいです。
もう一度、最低の現場を見渡して状況を把握します。私の真下には私の吐いた嘔吐物があり、その私を囲むようにして、離れた場所から視線を浴びせる子供達、そして教卓には不動の担任。おそらくは朝礼中にでも吐いてしまって、すぐに周りの子達は避難して、先生は何もする気がない。といったところでしょう。この頃だったら別に珍しくも無い状況です。
さて、どうしようかと芸術的に散らばった吐瀉物を見ながら呑気に考えていると、どこかから「片せよ」というぼやき声が聞こえてきました。子供の声ではなかったので、恐らくはこの教室唯一の大人のものでしょう。
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