慕情8

「ぐっ、なぜか私だけ馬鹿になっている気がが」

「ふふふっ、桜ちゃんおもしろーい」


 お行儀悪くテーブルに肘をついて頭を抱える私を見て、隣で楽しそうに笑い声をあげる彼女。彼女はこの状況に何かピンと来るものがあるのだろう、周りを気にせず麻婆豆腐を掬う姿はまさに余裕の風格。


「はい桜ちゃん、あーん」

「なっ!はぁ!?」


 掬った蓮華を私の口元に寄せ、上目遣いで口を開くよう促す彼女に、とうとう嚥下していたものたちが底からひっくり返りそうになる。

 よりによって恋人の家族の前で、どの考えを経てそんな大胆不敵な行為が出来るのか、私にはまるっきり想像がつかなかった。


「はいはい、はーやーくー」


 片手で自分の髪を耳にかけて催促する彼女の目は何かに酔ったように据わっていて、考えが読み取れない。いや、あながち最初から何も考えてなどいないのかもしれない。ただ単に家族団欒のこの場の空気を楽しんでいるだけで。それか、人前で蜜月すること自体に快楽を覚えているかだが、後者だったらかなり癖が悪い。


「ほらほら桜ちゃああん、とっとと男気みせなあ」

「大丈夫だよねーちゃん!朝はもっとすごいの」

「シッダウン!!!!」


 妹が言い切る前に怒号で遮る。あぶねーあぶねー。


「…………………………」


 隣を向けば目の前には相変わらずスパイスの匂いを効かせた中華料理を構えてほらほらと微笑む彼女。その光景自体はまっこと素晴らしい。まさに絶景。

 ……まぁ、思えば別に、食べさせ合いというのは同性同士なら至極当然普通にやっていることなのかもしれない。教室の女子だってよくやっている。確か大和と水郷さんもコンビニの新作スイーツとかでやっていた。

 そこに家族という観客がつくくらい、実はどうってことないんじゃないか? むしろここで拒否する方が不自然なのでは?


 そう考えが傾いた途端、堅牢に閉じていた自分の口が緩み始める。


 いやいやしかし、家族の前だぞ?やっぱりおかしい気もしなくはないし、後から何を言われるか……。やーでも触れるのは別に彼女自身ではなくて、無機物の蓮華なわけで、だったら別に、いやいやでも、いや、うーん。


 頭の中の信号が瞬間的に青になったり赤になったりを繰り返す。


 そうして悩み抜いた末に、結局私が出した色は、

 

 

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