慕情7
そして二人で居間へ行くと、既に母親と妹は食卓に着いていて、箸をつついている。
「ンマっ!あらあら今日はよくぞ本堂町家へいらっしゃいま「お願いだから普通にして」
私の背中に隠れている彼女の存在に気が付き、深々と頭を下げて何かをほざいている母上にぴしゃりと言い放つ。キャラがいつもと違いすぎて私の二の腕には鳥肌が立ち始めている。
「あらもうやだっもうこの子ったらん!ほらほらっ座ってザマス」
断固としてそのスネちゃまママキャラムーブを貫き通すつもりなのか、こちらを無視して話しながら、台所から二人分の食事を取ってくる母。
着席する前に一瞬私を見て、けけっと嘲笑うような顔をしてから綺麗にその場でターンなんてしやがりやがった。
「……こんにゃろお」
今日という今日は勝負をつけてやりたいところだが、彼女がいる手前、仕方なく料理を出された席に座る。
「あははっ、失礼しまーす」言ってから彼女も椅子を引き、私の隣に座る。沈む私とは対照的にその声ははしゃいでいてどこか楽しげだ。
「遠慮なく食べてちょうだいな」
「ありがとうございます。すごく美味しそうですねっ。特にこの麻婆豆腐!確か前回来た時も出してくれましたよね?」
「うふふふふふ、それは本堂町家特製の麻婆豆腐なのじゃ。前来た時好きって言ってたから、作ってみたザマスよ」
「さすがカーチャン! 略してさす母!」
「………………………………」
恋人を家に連れてきた人あるある。なぜか自分以外の人間は超話が盛り上がっている。
テンションが一致している彼女と妹と既にキャラ崩壊が始まっている母親に置いていかれた気分で箸を手に取り「いただきやす……」ぼちぼち私も食べ始める。
もしかしたら彼女が気後れしてしまうのでは なんて、私の杞憂もいいとこで、さすがクラスの人気者といったところだろうか。持ち前の対人スキルで良妻の資格をビンビンと家族に見せつけている。これで私の家族との仲が原因で破談する可能性は完全に無くなったってわけだ。きっと彼女はどんな姑とも上手くやっていける。さすが私の彼女、略してさすカノ。
「これすっごく美味しいよね?桜ちゃん」
「へっ?あ、あぁ、うん。まぁ」
疎外感をいいことに馬鹿妄想している途中でいきなり呼ばれて、だらしなく返事を返す。麻婆豆腐を蓮華に乗せて、幸せそうに頬張る彼女の顔が視界いっぱいに映り、その愛らしさに思わず箸を落としそうになるも、すんでのところで手を前に出し持ち直す。
「んんまあああ、やだわ、桜ちゃんったら、なにぼうっとしてるのかしら?」
「ししししししししししてないやい」
諸々の事情を一番知られたくない相手に指摘され、声が薄い鉄板を叩いたようにビヨヨーンと震えた。
「……浅倉ちゃん。コレ、学校でうまくやってけてる?」
「……不安なのだな」
「万事快調だわこの野郎ども」
物扱いで人を指差し問いかける母親と、神妙な顔で頷く妹に、遠慮を取っ払って悪態をつく。家族会議のようなそのいたたまれない空気は十代の多感なハートに容赦なくヒビを入れていくという事実を、このお二方は少し自覚すべきなのだ。歳近い妹ちゃんは特に。
「えーと……そうですねぇ……、うーん……」
「そこで口ごもる!?」
俯いて深刻そうな顔した彼女に、たまらずいつもは出さない声のトーンで箸を手にしたまま詰め寄る。
「うふふっ、いーえ。桜ちゃんはとってもいい子で、暖かくて、かっこよくて、頼り甲斐のある子です」
「……ふお」
今度は急に褒めちぎられて背中がこそばゆくなる。まるで母親のような慈しみが込もったその声は穏やかで、間抜けに宙で箸をカチカチする私を見つめる不動な瞳もどこまでも澄んでいた。
「ほ、ほら!こう仰られてるじゃないの」
「……いーやあ、若いっていいねえ。あっ、いいザマスねえ」
「ねーちゃんも春だねえ……」
「えっ?ああ!?」
要領の得ない家族の反応に、喉の奥が詰まったように窒息気味になり顔も熱くなる。そんな私を見ても、ただ二人とも何かをゆっくり味見するように、うんうんと頷いているばかり。
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