カレーパンころりん殺鼠事件

1

 鼠田チュウ太が何かの転がり落ちる音に気づいたのは昼過ぎのことだった。


 また人間が俺たちの巣穴にゴミを捨てたのだろう。よくあることだ。


 チュウ太は穴ぐらの中を音のする方に進みながら考えていた。なぜ人間は平気で物をそのあたりに捨てられるのだろう。野蛮な連中だ。


 ゴミが転がり落ちてきたのは鼠田一家がよく地上に登るのに使っている穴のようだった。


 通用口を塞がれてはたまらない。いざとなれば登っていって人間に噛み付いてやらねば。チュウ太は小走りに音のする方へ向かった。


 しかし、転がり落ちてきたのはゴミではなく、食べ物だった。


 スパイシーなニオイがチュウ太の鼻をくすぐった。


「カレーパンだ!!」

 

 チュウ太は自分の体と同じくらいのカレーパンが転がり込んできたので喜んだ。


 幸運なこともあるものだ。間抜けな人間が自分の昼飯を誤って穴に落としたんだろう。


 そういえば穴の入り口のところは斜面になっている。坂の上から落としたのかもしれない。


 チュウ太は転がる昼飯を追いかける人間の姿を想像して愉快になった。今頃悲しそうに穴を覗き込んでいるに違いにない。


「カレーパンころりん、すっとんとん」

 

 チュウ太は人間を煽ってやろうと思い歌った。食べ物が手に入った上に、いつも見下してくる人間を馬鹿にできてチュウ太は有頂天になった。


──ゴロゴロ


 チュウ太が歌っていると再びカレーパンが転がり落ちてきた。

 

 おやおや、この人間は相当なでくのぼうと見える。自分の昼飯を二つも落としてしまうなんて。チュウ太は今度は踊りながら歌った。


「カレーパンころりん、すっとんとん!もひとつオマケにすっとんとん!」


 チュウ太は新たに落ちてきたカレーパンにかぶりついた。


2

 鼠田チュウ太の遺体を発見したのは妻のネズ美であった。


 ネズ美はその日、学生時代の友人と買い物に出かけており、帰宅したのは夕方であった。

 

 帰宅したネズ美を出迎えたのは既に冷たくなった夫と食べかけのカレーパンであった。


 狼狽したネズ美は共にでかけた友人で近所に住む鼠山ネズ子に助けを求めた。


 看護師であるネズ子がチュウ太の死亡を確認して警察に通報したのであった。

  

 変死ということで、すぐさま警察の捜査網がしかれ、周辺に不審人物がいないか捜索されたが、チュウ太殺害の犯人と思われる人物は発見されなかった。


 司法解剖の結果、チュウ太の死因は毒物による中毒死である可能性が高いと判断された。


 さらに現場で発見された食べかけのカレーパンからトリカブトの毒と思われる成分が発見されたことで、殺鼠事件と認定され捜査本部が設置されることとなった。


 鼠田チュウ太は生前、鼠権活動家として活動し、メディアにも頻繁に取り上げられた有名鼠であった。


 近年台頭してきた鼠労働者の権利を守るというチュウ太の活動は、しばしば鼠労働者に仕事を奪われた人間の逆恨みを買うこともあった。


 また鼠権を主張し、鼠労働者の待遇改善を訴えるチュウ太の存在は、鼠労働者を使用する大企業からみれば目障りであった。


 捜査はそういった反鼠活動家のうちの過激な者が犯人であると想定して進行した。


 チュウ太の胃から糸こんにゃくが発見されたことから、殺害に使用されたカレーパンは、事件現場から数キロのところにあるスーパーの肉じゃがカレーパンである可能性が高いことがわかった。


 スーパーやその周囲で徹底的な聞き込みが行われ、事件発生日前後の不審人物の目撃情報が洗われたが、有用な情報は得られなかった。


 事件発生から数週間、世間の注目も薄れ始め、捜査が停滞してきたころ、捜査を一気に進展させる事件が起きた。


 一人の老人が出頭してきたのである。


3

 出頭した老人は山田源太、林業を営む65歳の男性であった。


 山田は鼠田家の巣穴にカレーパンを投げ込んだのは自分であると名乗りでた。


 山田の証言をもとに、直ちに家宅捜索が実施され、彼の自宅からトリカブトをすりつぶしたと思われる鉢が発見された。


 そして、ほどなくして山田源太の逮捕された。


 逮捕後の事情聴取により山田たか子は死亡保険金目的で自らの夫の殺害を目論んでいたことが判明した。


 トリカブトの毒は人に心臓発作を引き起こす。山田源太は心臓に持病があったため、仮にトリカブトの毒で死亡したとしてもカレーパンを調べられない限り自然死として認定される可能性があった。


 山田たか子は源太の好物であるカレーパンに毒を仕込んで持たせ、仕事中に死亡するよう諮ったのである。


 しかし、たか子の計画は失敗に終わった。源太がカレーパンを落としてしまったからである。


 事件の日、丘の上の林で作業をしていた源太は遅めの昼食を取ろうと切り株に腰を下ろし、カレーパンの包を解いた。


 ところが、疲れからかカレーパンを手からこぼしてしまい、円盤状のカレーパンは坂を転がり落ちていった。


 カレーパンが転がった先にはネズミの巣穴があった。源太からすれば幸運、巣穴の主からすれば不運なことであった。


 源太が巣穴を覗き込むと中から喜ぶネズミの声が聞こえた。


 心優しい源太は愉快に思い、もう一つ自分で購入していたカレーパンを巣穴に落とした。源太は歳の割に大食らいであった。


 源太の落としたカレーパンがチュウ太にとって最後の食事となった。

 

 チュウ太は源太が落とした二つ目のカレーパンを食べ終えると、そのカレーパンがあまりにも美味であったため、最初に落ちてきたカレーパンも食べてしまった。


 チュウ太を死へといざなったのはカレーパンの旨さであった。


  

  



  



 


 








  



  

 

 

 




 

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