第15話 思い込んでいるから欺瞞

 俺が妹さんを怪しむ理由は単純だ。

 一昨日遊んだ時の姉への確執を感じさせる言動、露骨に距離のある姉妹仲、誰が容疑者かと問われたら、もう妹さん以外に思いつかない。


「一番怪しいのは府川さんの妹さんかな?」


 俺の答えに、香菜ちゃんは意外そうに眉を顰める。


「そうか、私はてっきりソイツの元カレの名前があがると思ってたぞ」


「そう? なんで?」


「いや、だって元カレと付き合った次の日に、ソイツは化け物に成ったんだろ? 普通に考えて元カレが怪しいだろ。まあ、依頼者じゃなかったらお兄ちゃんが一番怪しいけどな」


 ……確かに。

 俺の好きな人に彼氏ができたとたん、その人が肉塊になっただなんて、客観的に見たらどう考えても俺が犯人だ。

 状況証拠で妹さんが犯人だと断定するのも、もう少し状況が見えてからにした方が良いかもしれない。


「とりあえず、お兄ちゃんはソイツの元カレと妹について調べろ、呪いの特定につながるものが見つかるかもしれない。ただ、調べてることを気取られるんじゃないぞ? 手がかりを隠されたら面倒だ。あと、もし例の悪夢をまた見たら言え、それも重要な手がかりだからな」


 ぶっきらぼうな感じを出してるけど、本当に面倒見が良いな。

 昔から優しい子だったが、蓮一が廃人になってから余計にそれが顕著になった気がする。

 外面だけ整えた利己主義者の俺とは、正反対だ。


「……その、本当にありがとう」


「気にすんなよ、じゃあな!」


 香菜ちゃんは少し照れ臭そうに俯いて、そのまま玄関から出て行く。


 さて、この後はどうしようか?

 元彼氏の事を探るのは学校が始まってからにするとして、問題は妹さんだ。

 もし妹さんが呪いを掛けたのなら、呪いの手がかりはどこに残る?


 呪いを掛けるのなら、呪いについて調べるよな?

 あとは呪いの道具なんかも残している可能性がある。

 それらが集まる場所は……まあ、自室かな。


 妹さんの部屋、どこにあるんだろう?

 家の中をしっかり見て回った事は無いが、少なくとも府川さんとその両親の部屋がある二階で、それらしい部屋を見た事は無い。

 まあ、それとなく妹さんに聞いてみるか。


 俺は香菜ちゃんが残した石をポケットにしまい、府川さんを抱えて二階に戻った。


「あ! 白石さん、おかえりなさい。あれ? 姉は寝てるんですか?」


「ああ、うん。布団被ってたら眠くなっちゃったみたい」


「へえ、駄々を捏ねてついて行った癖に何様のつもりなんでしょうか」


 妹さんが府川さんを見つめる視線は、相変わらず冷たい。


「まあ、ほら、ちょっと疲れちゃっただけだよ。今は精神的に不安定なだけで、すぐ落ち着くさ」


「……まあいいです。ところで、お客さんとは何の話をしていたんですか?」


 妹さんは諦めたように府川さんから目を逸らし、俺を見て少し首をかしげる。


「いやあ、幼馴染が俺の親に言われて様子見に来たみたい。ほら、昨日から全然家に連絡してなかったから」


 妹さんが、俺の言い訳を疑っている様子は無い。

 人って結構、素直なのだ。嘘なんて、そうそう見抜けない。

 まあ、だからこそ俺は人に対して疑心暗鬼に陥っている訳だが……。


「あのさ、妹さんは何で府川さんの面倒を一緒に見てくれるの?」


「え?」


「いや、あんまり仲良くなさそうだし。俺に気を使って無理してるんだったら、自室とかで休んでてもらって構わないっていうか、まあ、そんな感じ」


「し、心配してくれたんですね、えへへ」


 妹さんは照れ臭そうに笑った。

 府川さんそっくりの顔は、とても可愛らしい。


 ……これで、妹さんがあんなにエグイ呪いを掛けるような人間なのだとしたら、いよいよ俺の人間不信が極まるな。


「あ、でも、私は無理なんて、全然してないです。それに、白石さんの方がよっぽど大変そうじゃないですか……」


 妹さんは心配そうに俺を見つめる。

 昨晩吐いていたのを見られていたか?


「いや、昨日吐いたのは気にしなくていいよ。もう、なんかルーティーンみたいな感じだし」


 俺は平気そうに笑顔を作るも、妹さんの心配そうな表情は変わらない。


「吐いてたのも、そうですけど……もっと、全体的にというか、姉のせいでずっと悩んでいらっしゃいますし。姉の事は私がなんとかするので、白石さんこそ数日休んだ方が良いんじゃないですか?」


 ……酷く魅力的な提案だ。

 本音を言うと、全て妹さんに任せて休んでしまいたい。

 彼氏や家族に捨てられて、俺に媚びている府川さんは今までで一番キツかった。

 だが、それでもやっぱり府川さんは俺が好きになった人で、妹さんは呪いを掛けたかもしれない人だ。

 だから、ここで放り出す訳にはいかない。

 それに、もう解決の糸口は見えたんだ。


 府川さんが元に戻ったら、俺とは別れて元彼氏とやり直せば良い。

 どうせアイツは化け物の府川さんを一度見ただけだし、どうとでもなる。


「……俺は、大丈夫。それにさ、俺も明後日には学校に行かなきゃいけないし、今は妹さんが休んでてよ。一人が嫌なら、府川さんが起きるまで話し相手にもなるし」


 俺がそう提案すると、妹さんは嬉しそうに俺の提案に乗った。


「じゃあ、ベッドでゆっくりお話しましょう!」


 そう言って妹さんは部屋を出る。

 俺もそれに続き、音を立てないように部屋のドアを閉めた。


 去り際に見た府川さんは、幸せそうに寝息を立てながら布団を呑み込んでいた。

 まるで、砂鉄入りのスライムに磁石を落としたみたいだ。


 妹さんの後に続き、廊下を歩く。

 すぐに妹さんは立ち止まり、左奥のドアを開けた。

 そのドアには、明美の部屋と書かれたプレートが下げられている。


 ……いや、明美って誰だよ。母親か?

 俺は優子の部屋に用があるんだ。


「あれ、妹さんの部屋に行くんじゃないの?」


 男の子を自室に入れるのは恥ずかしいとか?

 だからって母親の部屋に入れようとするな。


 俺の質問に、妹さんは気まずそうに目を逸らす。


「……えっと、父のベッドは少し臭いので、ここに招待しようと思って」


 敢えて、俺の質問に答えなかったな。


「ああ、府川さんと部屋共用してた感じ?」


「あ、はい! そうです」


 喰いついた……。

「あれ、でも、そういえば府川さんの部屋には幸子って書いてあるプレートしかなかったか」


 逃げ道を用意した後、先回りして言い訳を潰す。

 母親と父親と府川さんの部屋があるのに、妹さんにだけ部屋が無いなんて、あまりにも不自然だ。

 府川さんに掛けられた呪いを特定する為にも、ここで追及を止める訳にはいかない。


 俺は緊張を悟られないよう、極めて軽い調子を装う。


 さて、どう返す?


 妹さんは、すぐには口を開かなかった。

 しかし、俺が薄く笑って答えを促す様に小さく首を傾げて見せると、遂に観念した様だ。


 妹さんは俯いて、小さな声で言葉を発する。


「……私の部屋は、無いんです」

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