第3話 色々と邪魔なモノ

「府川さーん、帰りません?」


 硬くないように、キモくないように、適度に言葉を間延びさせる。


「うん!」


 府川さんが、小動物のような動きで荷物をまとめ始める。

 府川さんの女友達は、既に部活に向かったようだ。府川さんが帰宅部で良かった。


「府川と白石、仲良しじゃーん」


「ヒュー! かっわいー!」


 しょうもない連中が、囃し立ててくる。

 府川さんが女友達と一緒にいる時は何もしてこない癖に……イキり童貞が。

 俺が府川さんを待つ様子がそんなに面白いか? 思春期のガキが。

 クソ、こっちが反撃しないからって……禿げろ。


 俺が目を伏せながら脳内を呪詛で滾らせていると、府川さんが荷物をまとめる手を止めて顔を上げる。


「へへー、私、優太郎君と大親友だかんね!」


 府川さんの笑顔に気まずさを感じたのか、うるさい連中がノソノソ群れに戻っていった。

 府川さん、好きだ。


「よし! 帰ろ!」


「うん」


 イレギュラーはあったが、概ねいつも通りに帰路に就く事ができた。



+++++



 府川さんが、俺の隣で楽しそうに恋愛小説の感想を話している。

 どうやら、初心な男女の恋模様は予想通り府川さんの好みに合っていたようだ。

 生憎と俺の好みには合わなかったが、昨晩それらしい感想を考えておいたお陰で、上手く感想会は進んでいる。


 楽しげな府川さん、可愛い。

 しかし、府川さんが俺と一緒に帰ってるとか、未だに信じられんな。

 何の脈絡も無くグロテスクな肉塊が出てくる悪夢の方が、よっぽど俺の現実らしい。

 とはいえ、これから俺は告白するんだ。

 こんな事で信じられないだなんて言ってはいられない。


 一緒に帰って、そして、その次を見据えなくては。


「……あのさ、府川さん」


 府川さんの話が一区切りしたタイミングで、俺は真剣な表情を作り口を開いた。


「ん? なあに?」


 府川さんが、気の抜けた返事と共にこちらを見てくる。

 どうやら、俺の真剣な雰囲気は伝わっていないみたいだ。


「ちょっと、真剣な話して良い?」


「分かった、いいよ!」


 そう言って、府川さんはキリリと眉を引き締める。

 尤も、気の抜けた場の雰囲気に、あまり変化は無かった訳だが。


 ……さて、今なら告白は明日に回せる。まだギリギリ誤魔化せる。

 ああ、緊張で吐きそう、吐かないけど。

 さっきまで、全然問題なかったのに。


 …………よし。


「あの、俺、府川さんが、好きです。付き合って、くれたら、嬉しいです」


 言った。言った。言っちゃったよ。

 おい、好きって言葉、吐いちゃった。吐きそう。


 どんな顔してる? 誰が? 俺が? 府川さんか? どんな顔してる?

 ドキドキしてる、具合悪い。

 ヤバい、緊張が腹にキてる。


 まだ三秒か五秒かそこらの沈黙だが、俺はその数秒を長いと定義する。

 そのままたっぷりプラス数秒焦らされた後、ついに府川さんは口を開いた。


「……ごめんなさい」


 一拍。


 思考が、停止する。

 その間だけ、表情を取り繕えている自信が無かった。


 ごめんなさい、ね……。

 府川さんの顔を見て、俺は振られたという事実を認識した。


 終わった……おわ、終わっちゃった!

 なんか喋んないと! 理由聞こう! なんか、理由聞こう。漫画で雑に振られたモブは、毎回理由聞くし! 理由聞こう!

 まとまらない思考と、空回りし続ける頭で、なんとか言葉を絞り出す。


「理由、聞いても良い、ですか?」


「……他に、好きな人がいるの」


 お、おお、おおお? そんな素振り、見た事ないが?

 いたのか? 好きな人間んんん、ラブな、ラバーが、いたのか……。


 まあ、振る為の方便かもしれないが。


 取り乱すな、取り繕え、冷静に、恋愛対象外な奴からの告白はキモイと相場が決まっている。

 これ以上好感度を下げるな、振られても、嫌われたくない……。


 振られた場合の理想行動を必死で考えている間に、府川さんが更に言葉を続ける。


「断っちゃったけど、友達のままでいてくれたら嬉しいな?」


「あ、うん。そっちが良いなら、よろしく」


 ……よし、よしよしよし。

 友達でいてくれると言った以上、内心キモイと思われていても、そこまで邪険には扱われない筈だ。

 であれば、ある程度は長期的に好感度回復の為に動ける。

 とはいえ、印象回復は早い方が良い。


 できれば家に着く前、嫌らしくない程度に好印象な言動を見せておきたい。


 俺は口を開く。

 しかし、俺の言葉は府川さんの、どこか情けない声に遮られた。


「いやー、でも、ほんと、すごいよ優太郎君は。告白って、私は怖くて、さ」


 少し目を伏せながら、府川さんが小さく呟く。

 そして次の瞬間、決意を固めたような、晴れやかな笑顔を彼女は浮かべていた。


「でも、なんか、頑張ってる優太郎君見たら勇気もらっちゃった! 私も今日、告白する!」


 ???

 ん?

 ……ああ。

 理解した。


 ……感情を出すな、それは家に着いてからだ。

 今は応援しろ、嫌われないように。


「俺が、少しでも府川さんの役に立てたなら、良かった。上手くいくと良いね! 頑張って」


「うん、ありがと!」


 少し照れ臭そうに笑う府川さんは、相変わらず、可愛い。

 その表情を見て、俺は今も上手く笑顔を作れていると確信した。


 …………良かった。


 その後の家に着くまでの記憶は曖昧だ。

 ただ、何となく、ずっと府川さんに対しておべっかを使っていた気がする。

 とりあえず、別れ際に俺に向かって手を振っている府川さんは、笑顔だった。


 俺は無気力に自分の部屋へ直行し、制服を着替えもせずベッドに倒れ伏す。


 あー、振られたのか、俺。

 いや、七割行けると思ってたんだが、何なら、府川さんも俺の事が好きなんだとさえ思ってた。

 くう、惨めだ。


 しかし、府川さん告白するのか、今日。俺の告白に勇気づけられて。


 まじかよー、明日、話しかけて良いのかな? 嫌われたくねえ。

 俺が告白しなけりゃ、府川さんも告白しなかったのか~。おえ。

 絶対成功するだろうな。

 府川さん、可愛いし。


 というか、府川さんに振られて欲しくない。

 いや、知らん男と付き合って欲しくもないが。


 ふと、振られて傷心中の府川さんなら俺にも可能性があるのでは? 等という妄想が脳裏を過る。

 ……止めよう。クズが。

 はあ、寝よ。


 そのまま、眼を瞑る。

 頭の中では、ずっと利己的な思考が回っていた。

 それを無視して何か別の事を考えようとしても、気がついたら府川さんの事を考えている。


 思考が、記憶が、鬱陶しくて仕方が無い。

 俺がもっと普通な奴なら、純粋な奴なら、自然な奴なら……振られなかったのか?

 なんて、あり得ない仮定だ。


 事実として、今の俺の思考が、俺を利己主義糞野郎だと物語っている。

 そんな風に延々と自意識を反芻していたら、いつの間にか俺は眠っていた。


 ……その日、いつもの悪夢は見なかった。



+++++



 学校からの帰り道、嫌らしいほど晴れやかな空を眺めながら、俺はどこか腑に落ちていた。

 今までの幸せが全て蜃気楼だとでも言うかのように、今日という日は憂鬱だったのだ。


 まず、朝起きて府川さんからのメッセージを確認。

 昨日の深夜に、告白が上手くいったという趣旨のメッセージが届いていた。

 文面から、府川さんの嬉しそうな様子が良く伝わってくる。

『おめでとう! 友達として素直に嬉しいよ!』というメッセージを、息も絶え絶えに返信。

 俺に1ダメージ。


 次に、学校に着いてから府川さんが登校して来ていない事に気が付く。

 どんな顔で話しかければ良いか分からなかったから良かった……良かった。

 俺に1ダメージ。


 最後に、放課後になってメッセージアプリを確認したら、俺が朝送ったメッセージは既読無視されていた。

 府川さんに既読無視された事なんて、今まで一度も無かったのに……。

 俺に1ダメージ。


 俺は力尽きた、無事死亡。


 独りで、少し肌寒く感じる帰路を足早に行く。

 実に俺らしい一日だった。最高だよ、クソ。


「うおっ!」


 突然鳴った携帯の通知音に驚く。

 府川さんからか? 

 府川さんからだ!

 即既読即返信はキモイらしいから、数秒待ってからメッセージアプリを起動する。


『たすけて』


「は?」


 メッセージアプリを、再起動する。


『たすけて』


 見間違いではない。

 確かにメッセージアプリに表示された四文字は、府川さんが俺に助けを求めていると示していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る