93



  「……え?」


  淡々と告げられた内容に、リリーはそれを聞き返す。


  「私の思い付く方法は、異界と繋げられた力の供給源、それを破壊する事だけです」


  「破壊って、破壊って?」


  「ボーガンで頭蓋を撃ち抜くか、剣で突き刺すか、幸いここには武器は沢山ありますので」


  「……ええ?」


  ーードォン……。


  破片が地上にたどり着き、倒れた近くに土の山が見える。頻りにその場所を気にするリリーを見て、セオルは問いかけた。


  「召喚された聖女、そこに、二人が居るのですか?」


  見渡すと直ぐに分かる石畳の剥がれた場所に、不自然に彫られた二ヵ所の穴。眉間を寄せたセオルに、エンヴィーは軽く頷いた。


  「異界との接点、そして魔法紋に魔力を供給する触媒として設置しました。口に嵌めたネルを、外すだけでも効果はあるかもしれません」


  「ネル……あの緑の石ですね? 境会アンセーマに持ち運び、聖女に様々な商品を作り出させる」


  「さすがによく知っていますね。そうですが、献上品を作る通常のネルでははない。それには魔法紋に繋がる刻印が彫られています。先ほど貴女に渡した物と同じ。異界の者に強く反応する」


  「……私に? あの、緑の石!?」

 

  リリーは、エンヴィーに手渡された光る石を思い出した。それは放り投げて、光を失いひび割れた。


  「あれは元々、幻獣ヴェルムの心臓です。魔力の媒介品として役立ちますが、長く生き物に持たせるとそれを宿主と認識し同化する。離せば、心臓が止まるように宿主の命も止まるでしょう」


  それを握った手を見つめ、リリーはゾッと身を縮めた。


  「私、生きてる…」


  「長く持てば、と言いました。……復唱はしないと何度も言ったのですが」


  苛立ちに目を眇めたエンヴィーを、リリーは不満の上目遣いで見上げた。


  「でもそうだ、貴方はさっき、土から出して、あの石、ネルを外せば二人の命がどうのこうの言っていた。ならば破壊って、つまり、やっぱり、二人を犠牲にしろって言ったのね?」


  「ようやく理解出来た。しかも私の話を記憶していたことに感動です」


  半笑いのエンヴィーに嘲られたとリリーは憤まんしたが、それをセオルが掴んで宥める。


  ーーズズン…、


  「あ!!」


  パキンと響いた空を見上げると、赤い大きな支柱の破片が瓦解して、原型を留めなくなった。それを焦燥に見上げたセオルは、翠がかる瞳をエンヴィーに向ける。


  「エンヴィー祭司、境会アンセーマの祭司である貴方が、リリー様に協力するとは思えないのですが」


  「……」


  セオルの真横、同じ様に自分をひたと見つめる大きな蒼の瞳から、エンヴィーはふっと目を逸らした。


  「……もう、どうでもよくなりました。全てが」


  「?」


  「その人に、訳のわからない事ばかり言われて。少し疲れて、どうでもよくなったと言ったのです」


  「??」


  その人と言われた本人は、エンヴィーの告白を聞いていたのかいないのか再び空を見上げる。そして指定された二つの穴を不安げに見つめた。


  「……ハァ」


  軽い溜め息が出た。エンヴィーは、蒼の視線の行方に振り回される様になった自分に苛立ち、そして本当に困惑していた。


  ーーズズン…、ズーン。


  徐々に、落下する破片の量が増えていく。限られた時、少ない情報の中でセオルは決断した。


  「リリー様、私が」


  「貴方こそ、」


  「?」


  いつの間にか、少しだけ距離が縮まっていた。声の方向には因果律に逆らって、血を吐く者達が三人。その一人、這いずり近寄ったグランディアは苦痛に顔を歪めながらも声を絞り出す。


  「本当に、王太子の座を、狙っている、のですか?」


  「何の事ですか?」


  「貴方がここに居る、このあり得ない状況の説明です」


  更に苦しげに血を吐いたグランディアの言葉を、エンヴィーが引き継いだ。そして立ち消えになった疑問を思い出す。


  「因果律に逆らう秘術、それはとても気になります」


  「因果律?」


  首を傾げたセオルにエンヴィーは眉をひそめ、エレクトとナーラは怒りに再び一歩前に進む。


  「見て!!」


  口を開けて空を見上げていたリリーが指差した先、泉を塞ぐほどの大きな赤の塊が落下すると、ザアンと音を立てて溢れ出た飛沫。そして同時に、地面が揺れるほどの衝撃にたたらを踏んだ。


  しっかりとリリーを支えたセオルは、祭壇に立つエンヴィーを振り返った。


  「ネルを、聖女から奪えばいいのですね?」


  「或いは、身体を破壊すれば同じかと」


  「行きます」


  「セオ!!」


  リリーを置いて、セオルは目指す穴に走り出す。そしてたどり着いた不自然な穴の一つ。中を覗き込むと、動かず座り込む女の姿に息を飲んだ。


  意を決して入った穴の中、思ったよりも深くはなく、セオルの腰半分が隠れる程度。手狭な穴に座り込む少女の肩に手をかけると、定まらない焦点、ぐらりと頭が傾げる。


  「……っ、」


  慣れない作業に息を詰め、後頭部で括られる紐を外すと口からポトリと核が外れた。冷や汗に軽く息を吐き、項垂れる少女の手元に落ちた緑の石を拾おうと伸ばした手は、何かを思い出して触れる寸前で止まる。


  「……」


  セオルは、剣の柄で石を弾くと、地に落ちたそれに刃を突き刺して破壊した。

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る